少しずつ変わっていく健也
夕方、仕事帰りの健也は駅前のスーパーで買い物かごを腕にかけ、野菜売り場の前に立っていた。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ。
今夜はカレーを作ると、朝家を出るときから決めていた。
最初の1週間ほどは、食事は総菜や冷凍食品でしのいでいたが、それではいけないと思い、徐々にキッチンに立つ回数を増やした。米を研ぎ、野菜を切り、卵を焼く。そんなことを繰り返すうちに、少しずつ手順が頭に入ってきた。
「ただいま……」
会計を済ませて帰宅すると、健也は買ったものをしまい、すぐにエプロンをつけた。涙をこらえながら玉ねぎを切り、にんじんの皮をむき、じゃがいもを水にさらす。包丁の動きはまだまだつたないが、以前のように、何をしていいかわからず立ち尽くすことはなくなった。鍋に油をひき、具材を炒める。煮込んでいる間にサラダを作り、炊飯器のフタを開けて米の炊け具合を見る。
「よし……一応、形にはなってるな」
独り言のようにそうつぶやいて、健也は鍋をのぞき込んだ。
キッチンは散らかっている。まな板もボウルも流しに出たままだ。献立を考え、材料を揃え、調理して皿に盛りつけ、食べたあとは、片づける。料理とは、こんなにも時間がかかるものなのかと、いまさらのように思う。
「……うん、悪くない」
皿によそったカレーは、見た目こそ地味だったが、口にすればそれらしい味がした。だが春実なら、もっと手際よく作って、洗い物も少なく済ませただろう。そう思うと、また気が重くなる。自分は長い間、彼女のスキルや労力を、最初から当然のもののように享受してきたのだ。
「ごちそうさま」
食後の皿を洗い終えると、健也はテーブルの前に座り、スマホを手に取った。何度も打ち込んでは消した文面。
「一度、家に来てほしい。話したいことがある」
そこまで打ってから少し考え、続けた。
「ちゃんと謝りたい。返事だけでもください」
健也は息をひとつ整え、「送信」を押した。
来てくれるとは限らない。むしろ断られて当たり前だ。それでも、自分の口で直接伝えたかった。たとえ遅すぎるのだとしても、春実にしてきたことのけじめをつけなければならない。
