<前編のあらすじ>
仕事中に母・清子から父・謙治が末期がんだと告げられた伊代は、海外での手術が必要だという話に動揺し、すぐに仕事を切り上げて実家へ向かった。
実家に着くと、父は座椅子で横になり、食事もほとんど取れていない様子で、母も父の病気のショックでひどく疲れていた。そこへ弟の毅も帰宅し、家族4人がそろった。
夕食後、毅が父に病状を詳しく尋ねるが、父は病院名も担当医の名前も検査データも曖昧にしか答えない。海外の手術先すら「海外は海外だ」とはぐらかす父に、伊代と毅は違和感を覚え、父を問い詰める決意を固めた。
●前編【「今、話せる?」母からの電話で知らされた家族の緊急事態…帰省した娘が抱き始めた“不信感”】
母がいない隙に始まる追及
母が「お茶を入れ直す」と言って台所に立ったタイミングを見計らって、伊代は父の正面に座り直した。
「お父さん、今ならお母さんに聞かれないから。ちゃんと話して」
「何をだ」
「病気のことよ」
父は毛布の端を指でいじったまま、視線を上げなかった。毅もあぐらをかいたまま、父をじっと見ている。
「さっきから話が変だよ。行った病院も、医者の名前も、治療できるかもしれない国も、全部が曖昧すぎる」
「具合が悪くて、頭が回らないんだ」
「だったら、お母さんにあんな細かい話できないでしょ。何を隠してるの」
その一言で、父の指先がぴたりと止まった。居間に沈黙が落ちる。台所からは、陶器が触れ合うような小さな音だけが聞こえていた。
「お父さん、正直に言って。本当は、何なの」
「む……」
「親父。まさかとは思うけど、病気そのものが嘘なんじゃないだろうな」
低い声で尋ねた毅に、父の肩が、ほんのわずかに揺れた。
それだけで十分だった。伊代の背中を、冷たいものが走る。次の瞬間、父は観念したように大きく息を吐いた。
「……悪かった」
一気に頭の中が真っ白になった。
「何、それ。何が?」
「俺が病気っていうのは……嘘だ」
「嘘?」
「エイプリルフールのつもりだったんだ」
