エイプリルフールより有意義な提案

「もう二度としないで」

「しない」

「約束よ」

「約束する」

そのやり取りが済むと、父は急に気が緩んだように、湯呑みに手を伸ばした。ひと口飲んで「熱い」と小さく顔をしかめる。

いつもの父だ。途端に、伊代は怒る気力がふっと抜けていくのを感じた。毅も同じだったらしく、横で深く息を吐く。

「親父、ちゃんと反省しろよ」

「ああ」

「俺たちにもちゃんと謝れ」

「……うん」

父がうなずくと、母は「うん、じゃなくてごめん、でしょう」と父の腕を軽く叩いた。さっきまで泣いていたのに、今はにこにこと笑っている。父も叩かれた腕をさすりながら、どこかうれしそうに母を見ていた。年を取っても、こういうところは変わらないのだと、伊代は半ば呆れ、半ばうらやましく思った。

「お母さん、お父さんに旅行でも連れてってもらいなよ」

「旅行ねえ」

「あ、それこそ海外でもいいんじゃないか? 母さん、どこでも行きたいとこ言いな」

「おい、お前ら勝手に……」

「いい退屈しのぎになると思うよ」

「そうだな。エイプリルフールよりずっと有意義だと思うぞ」

伊代と毅がここぞとばかりに畳みかけると、ついに父は閉口した。母は相変わらず楽しそうにその様子を眺めている。

卓上の湯呑みから立ち昇る湯気が、4人の間にやさしくたゆたっていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。