嘘の終わりと涙の和解

母が急須を手に居間へ戻ってきたとき、父はすでに座椅子から下りて、畳の上に座り直していた。伊代も毅も、冷ややかな視線を向けて押し黙っている。

「どうしたの、みんな」

不安そうに湯呑みを置く母。助けを求めるようにこちらを見た父を睨み返し、伊代は低い声で促した。

「お父さん」

「……分かってる」

父は一度目を閉じ、それから母のほうへ向き直った。

「清子、悪かった」

「何が」

「病気の話だが……あれは嘘だ」

「え」

母はぴたりと動きを止めた。湯呑みから立ち昇る湯気が、2人のあいだで細く揺れている。

「嘘って、どういう……?」

「がんも、余命も、海外の手術も、全部俺の作り話だ。今日はエイプリルフールだろ? だから、ちょっと驚かせて、すぐに嘘だと告白するつもりだった。でも、思った以上に大事になってしまって……そのまま言えなくなった。本当に悪かった」

母はしばらく、何も言わなかった。返事がなくて焦ったのだろう、父は畳に手をつき、そのまま深く頭を下げた。

「すまん。もう二度としない」

そのとき、母は口元を押さえ、絞り出すように言った。両目から涙が溢れている。

「……よかった」

「あの、清子」

「本当に病気じゃないのね」

「ああ」

「本当に?」

「本当だ」

父がうなずいたのを確かめた途端、母の肩からふっと力が抜けた。そのまま座布団の上に崩れ落ちるように腰を落とした。

「私、どうしようかと思ったのよ。これからどうしたらいいのか、そればっかり考えて……」

「悪かった」

「本当に、ばかね」

「うん」

「エイプリルフールなんて歳じゃないでしょう。今さら私を驚かしてどうするのよ」

「その通りだ」

父はそう言って、恐る恐る母の手に触れた。振り払われるかもしれないとでも思ったのか、遠慮がちに重ねる。だが、母は涙をぬぐったあとで父の手を固く握りしめた。