夫に愚痴るが

「――っていうんだけどさ、非常識なのはどっちなのよ。そりゃ体調崩して日和の面倒見てもらってるのはこっちだし、ありがたいけどさ。こっちは病人だっつうの」

夜になり、さらに回復しつつあった恵は帰ってきた夫の隆一に今日あったことを洗いざらい話していた。

隆一は恵の話を聞きながら、駅前の24時間営業のスーパーで買ってきた50円引きの総菜とレンジで温めたご飯を食べている。

体調が悪いんだから無理しないでと言ってくれた結果の夕食だったが、隆一の頭には自分がキッチンに立つという選択肢はなかったらしい。

文句を言うつもりはないが、元気が出るようにと買ってきてくれたレバニラは病み上がりのからだにはさすがに重かった。

「まあまあ。恵の気持ちは分かるけどさ、うちは男所帯だったから、母さんも孫娘が生まれて嬉しいんだよ」

「それはこっちとしても助かるんだけどさ」

マザコン、というほどではないが、隆一はお母さん子だ。出張ばかりで家を空けることが多かった父親に代わってほとんど一人で自分を育ててくれた母親のことをとても大切に思っている。

そういうところも、恵が彼に惹かれた理由のひとつだった。

だからこそ、彼は自分の母親が妻に向けるささやかな悪意に気づかない。いや気づく必要なんてないのかもしれない。

だがそれでも、少しはこっちの味方にもなってくれたっていいだろうと思うのは、体調不良から完全に復調していないせいだろうかと恵は考える。

「まあでも、母さんが言うならちゃんとしたやつ買いに行こうか。キャラクターものもかわいいけど、本格的なひな人形買っておいたほうが写真に残したときも思い出深いだろうし、母さんに文句言われるのも面倒だしね」

「うん、とりあえず見に行ってみよ」

恵はレバニラを口に運ぶ。たしかに精はつきそうだ。しかし口のなかに広がった油が舌にからみ、飲み込むのにはひと苦労だった。

ひな祭りが近づいた週末にお祝いにいくからね、と義母から連絡があったのはそれから少し経ったころ。もちろんその「お祝い」という言葉には、娘が迎える最初のひな祭りを恵たちがどれだけきちんと祝おうとしているかをチェックするという意味合いも込められている。

だが恵に憂いはない。ひな人形も奮発して、きちんとしたものを買って飾ってある。

義母を迎え撃つ準備は万端だった。

●ついにひな祭りの日に。麻理が家にやって来る。単に孫のひな祭りを祝う以外の目的もあった麻理のぶしつけな言葉に、ついに恵の怒りが爆発する。後編:【「謝ってもらえますか?」ハレの日のはずが…孫のひな祭りにやって来た義母が嫁を激怒させた一言】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。