<前編のあらすじ>
夏海の娘・結子は志望校である医大合格に向けて、懸命な努力を続けていた。ひたむきに頑張る娘、それを支える自分のことが誇らしくもあった。そんな夏海には唯一納得できないことがあった。夫・信一郎の態度である。
特に結子に声掛けをするわけでもなく、夏海にはただ傍観しているようにしか見えなかったのだ。
そして、とうとう結子は志望校に合格する。娘と共に歓喜する夏子だったが、信一郎だけは違った。腕を組み二人の姿を眺め、まるでひとごとのように、「おめでとう」と告げるだけだった。
夏海はそんな信一郎の姿に言いようのない、気持ちを覚えるのだが……。
前編:「受かるときは受かるよ…」医学部受験に挑む娘を支える母が“どうしても我慢できない”夫の態度
入学金の振り込み期限は2日前だった……
「いやぁ、本当に大変だったけど、これで一安心だわ」
夏海はちらほらと咲き始めた桜の下で、買い物帰りにばったりと出くわした同じマンションのママ友たちと談笑していた。
「結子ちゃん、すごいわね。医学部だなんて、本当に優秀なのね」
「うちの子なんて、もう高2なのにまだ進路も決めてなくて……夏海さんも誇らしいでしょう?」
誇らしい——確かにその通りだ。
結子の合格は、まるで夏海自身の努力が認められたような気がしていた。
「まあ、そりゃ嬉しいけど……でも、やっぱり結子が頑張ったからこそよ」
控えめな口調を装いながらも、夏海は心のなかでは得意げだった。
「でも、医学部の学費って高いんでしょう? ここだけの話、いくらくらいなの?」
「まあ、うちは国公立だから、私立に比べれば全然……あっ……」
そこから先は生きた心地がしなかった。
「どうかしたの?」と訝しがるママ友たちに「用事を思い出した」と、てきとうな言い訳をして自宅へ飛んで帰ると、夏海は大学から届いていた合格通知と入学書類が同封される封筒を慌てて開いた。
そして案の定、そこに記される「入学金振込期限」を目にして凍りつく。記載される日付は2日前だった。
「嘘……」
手が震えて止まらなくなった。見えていた景色が急速に色を失って歪み、胸の奥からは吐き気が込み上げた。何度見直しても、締切の日付は変わらない。
こんなミス、ありえない。入学金を払い忘れるなんて、ありえない。
夏海は慌ててネットを開き、「入学金 振込忘れ」と検索をかけた。
よくあるミスなのか、画面には同じようなミスを犯した親がすがる記事が表示される。なかには近年の少子化の影響により支払いを待ってもらえる場合もあるという眉唾な記事もある。
だが真偽は問題ではなかった。とにかく淡い願望にすがるしかない夏海は、すぐに大学に電話をかけた。電話のコール音が、やたらと長く、遠くに感じられる。早鐘を打つ心臓の音が夏海を責めるように耳元で鳴り響く。