夕食の皿を洗い終えた三花は、シンクの縁に手をつき、小さく息を吐いた。
日曜の夜は身体が重い。明日になれば、また1週間が始まる。そう思うと、自然と気が沈んだ。
「三花、ちょっと話してもいい?」
背後で椅子を引く音がした。振り向くと、夫の侑大がどこか改まった顔でダイニングテーブルに座っている。
「どうしたの」
促されるまま、三花も向かいの席についた。
「副業の仕事、実はけっこう調子よくてさ」
「そうなんだ。土日もずっとやってたよね」
「うん。継続の案件も何本かあるし、新規の相談も増えてきた。それで……会社、辞めてもいいころかなって思ってる。こっち一本で」
「え、ほんとに?」
侑大は1年半ほど前から、Webデザインの副業を続けている。熱心に取り組んでいるとは感じていたが、彼の口から独立という言葉が出るとは思わなかった。
「去年から売上は右肩上がりだし、波もだいたい読めてきた。不安がないわけじゃないけど、踏み切るなら今かなって。それなりに貯金もあるし」
そう言って、侑大はタブレットの画面を三花のほうへ向けた。月ごとの売上や契約中の案件数が並んでいる。内容は分からなくても、彼なりにきちんと考えたうえで出した結論なのだと伝わってきた。
「いいと思うよ。社会人10年目で、ちょうど区切りもいいし」
「ありがとう。そう言ってくれると思った。えっと、それでさ……」
侑大は少し言いにくそうに言葉を継いだ。
「最初だけでも、三花に手伝ってほしいんだ。請求書とかメールの整理とか、制作以外のことに思ったより時間を取られてて」
「いいよ。私も、正直今の仕事きついなって思ってた」
気がつくと、三花は二つ返事で了承していた。
ほとんど反射的だった。
店を辞めた三花の新しい日常
アパレルの仕事は、開店準備の段階から店長の機嫌ひとつで売り場の空気が悪くなる。休憩もろくに取れないまま立ちっぱなしで接客を続け、退勤時間間近でも、「レイアウト変えておいて」と突然指示が飛んでくる。
そんなショップ店員としての働き方に、限界を感じていた。
「え、そんなにだったの?」
「うん、前からしんどかったんだよね。辞めたい辞めたいって思いながら、ずるずる続けてた感じ」
「だったら、ちょうどいいタイミングかもね。三花が事務のほうを見てくれたら、俺は制作に集中できるし」
三花はテーブルの上のタブレットに視線を落とした。
「でも私、仕事でもパソコンなんてほとんど使ったことないよ」
「全然大丈夫。少しずつでも覚えてくれればいいから」
侑大の穏やかな口調に、三花の肩からふっと力が抜ける。
「分かった。じゃあ、これからいろいろ教えてね」
「うん。一緒にやっていこう」
侑大がそう言って笑い、三花も小さくうなずいた。不安が消えたわけではない。それでも、この先は今より少しましになるかもしれないと、その夜の三花は素直に思えた。
