ピピピっと電子音が鳴り、恵は脇に挟んでいた体温計を抜いて表示を確認した。

36.9度。

平熱が35度台の恵からすれば、まだ微熱といった温度で、その証拠にまだ少し身体も怠かったが、気分はずいぶんと良くなっていた。

喉の渇きを感じた恵は、マスクをつけて起き上がり、寝室を出てリビングに向かう。リビングのソファには義母の麻理が、昨年の秋に生まれた四ヶ月の娘である日和を抱きかかえて、幼児向けのテレビを見ていた。

「あら、恵さん。体調はどう? ひよちゃんはついさっき寝たところ」

「だいぶ良くなりました。本当にありがとうございます」

「全然平気よ。女の子だからか、静かなもんね。隆一のときは暴れるわ泣くわで大変だったのに、とても楽だったわ」

義母の「とても楽だったわ」という言葉にそれとなく嫌味のようなものを感じながら恵は頭を下げ、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐ。

まだ頭がぼーっとするせいで遠近感がなく、つい注ぎすぎそうになるぎりぎりのところで麦茶ポットを外す。コップの麦茶は表面張力で少し膨らんで揺れた。

上体をかがめ、コップを持たずに麦茶をすする。渇いていたからだがわずかな水分で潤っていくのが分かる。

「そうそう、気になったんだけど、あれなあに?」

義母が思い出したように言い、何のことか分からなかった恵はオープンキッチンからリビングを覗きこみ、彼女の視線の先をたどる。テレビ台の上の棚には、テーマパークで買ってきたネズミのキャラクターのひな人形が飾ってある。

「ひな人形です。かわいいですよね。けっこう手が込んでて、笏とか扇も取り外せたりするんですよ」

「だめじゃない」

義母があからさまなため息をつく。恵はまだ本調子ではないせいか、想像していなかった義母の反応に得心いかず首をかしげた。

「だめよ。こんな安そうな、間に合わせのものでお祝いしたら」

「え、はあ、だめですかね」

「当たり前じゃない。日本の文化には、伝統ってもんがあるの。どんだけ非常識なのよ。こんなもので祝われたんじゃ、ひよちゃんがかわいそうじゃない!」

義母が声を荒げる。眠っていた日和が目を覚まし、ふがふがと泣き出す。金切り声が頭に響く。恵は義母から日和を受け取ろうと近づいたが、風邪がうつるからと遠ざけられる。

「よしよし、ひよちゃん泣かないでねぇ」

恵は娘をあやす義母を眺めながら、どうしたものかとその場で立ち尽くしていた。まだからだに残っている悪寒に小さく身震いをする。