だから言ったのに

「ただいま」

依子の声が聞こえた。最近の仕事の実績をまとめてSNSに投稿していた茂樹は顔を上げる。

「おかえり」
「行ってきたんだ」

「ああ、うん」

リビングのすみに置いてあった領収書の入っていた紙袋がなくなったことに気づいた依子に、茂樹はうなづく。

「……痛い目見たよ」

茂樹は苦笑しながら、税務署での出来事を話した。事前知識ゼロのせいで職員に呆れられたこと、何とか手続きを終えたこと、そして無申告加算税を取られ、想像以上の出費になったこと。

依子は話を聞きながら、呆れたようにため息をついた。

「だから言ったのに……」

「ごめん」

素直に謝ると、依子は少し驚いた顔をしてから、小さく笑った。

「最初からちゃんと話してくれればよかったのに、あなた大丈夫しか言わないんだもん。どこまで何を言ったらいいか、ずっと分からなくて不安だった」

「ほんと、そうだよな……俺さ、依子とはお互いに踏み込み過ぎない関係が心地いいって思ってた。でも結局そうやって踏み込ませないことで、面倒なことを遠ざけてただけなんだよな。いろんなこと、心配かけてごめん」

「どうしたのよ、急に」

「反省したんだよ、今回のことで」

依子は小さく息をはいて微笑んだ。それから「ご飯もう食べちゃった?」と茂樹に訊いてキッチンに向かう。

「あ、いや、まだだけど」

「じゃあ急いで作るから。お風呂入ってきちゃって」

「いや、これから領収書整理する」

エプロンをつけ、キッチンで手を洗っている依子が目を丸くする。

「今年の分のやつ。まとめてやるから大変なんだって言われたから、今度からはせめて月ごとくらいには整理しようと思って」

茂樹は財布や鞄から取り出した領収書をテーブルの上に広げた。すでに数か月分溜まっている領収書は決して少ない量ではない。

白い紙の山を前にため息をつく茂樹の後ろで、依子がくすくすと笑みをこぼす。

「なんか、夏休みの宿題を最後の日に慌ててやる子どもみたい」

「ほっとけよ」

ぶっきらぼうに言いながら、茂樹もつられて笑ってしまった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。