基本的なことからご説明しますね
税務署の自動ドアが静かに開いた。室内は想像していたよりも明るく、淡いクリーム色の壁と観葉植物が、少しだけ緊張を和らげてくれた。だが、それでも茂樹の胸は重かった。整理券を取り、壁際の椅子に腰を下ろし、自分の番号が呼ばれるのを待った。
周囲を見回せば、スーツ姿のビジネスマンや個人事業主らしき人、かたことの日本語を話す中国人や杖を突いている老人の姿が見えた。
「俺も、ちゃんと準備しておけばよかったな……」
茂樹は持ってきた紙袋を見下ろす。とにかくかき集めてきた領収書や書きかけの申告書が無造作に突っ込まれている。まるで宿題を夏休みの最後の日にまとめて片付ける小学生のような気分だった。
「42番の方、どうぞ」
呼ばれて立ち上がると、受付の女性が優しい笑顔で迎えてくれた。
「本日は確定申告ですね。申告書の記入はお済みですか?」
「いえ……実はあまりよく分かってなくて」
そう答えると、彼女の笑顔が少しだけ引きつった気がした。
「そうですか。では、基本的なところからご説明しますね」
そこからが、長い戦いだった。収入の記入方法、経費の計算、控除の仕組み。何から何まで初めてのことばかりで、茂樹は必死にメモを取りながら必要書類を用意していった。ばらばらで整理されていない領収書を見た職員は苦笑いする他になく、茂樹は顔から火が出るような思いを味わった。
だが全ては自業自得だった。恥をかくのも何もかも、すべては面倒ごとから逃げ続けた自分の責任だった。
「こちらが税額になります。そして……申告期限を過ぎておりますので、無申告加算税がかかります」
「えっ……」
金額を見て、目の前が少し暗くなった。想定していたよりも、はるかに大きな額だった。