<前編のあらすじ>
茂樹は40代で独立を果たしたフリーのスタイリストである。同業者の友人にも恵まれ、独立1年目の滑り出しは好調だ。しかし、一つだけ気がかりがあった。確定申告である。
先輩フリーランスからその手続きの大変さはかねがね聞いていた茂樹だが、多忙にかまけて確定申告を後回しにしてまう。そして、とうとう税務署から連絡が来るが、それでも茂樹はやる気が起きない。そんな姿を妻の依子にとがめられてしまうのだが……。
前編:「こんな大事なことを放置して…」独立1年目、確定申告をなめすぎた男を襲う「金と夫婦のトラブル」
怒られて当然だろ
スタジオの白ホリの白さが、痛いくらい目に眩しい。茂樹は無意識にため息をついていた。
「おい、なんか元気ねぇな」
撮影の合間で、機材を調整していた青山が茂樹を見て声をかけてきた。今日は雑誌の撮影で、茂樹はまた青山と一緒になっていた。
「まあ、ちょっと寝不足でな……」
殺伐とした家の空気を思い出すだけで頭の奥が痛む。あれ以来、依子とはろくに口も聞いておらず、ほとんど家庭内別居のような状態になっている。謝れば済むのかもしれないが、話しかけても反応がないのだからどうしようもない。
「しげちゃん、今日このあとあるの?」
「いや、もう今日は上がりだけど」
「そしたら一杯どう? お互い車だから、残念ながら酒は抜きだけど」
寝不足という嘘はあっさり見抜かれているのだろう。青山の心遣いは茂樹の疲れ切っている心にやけに沁みた。
「そりゃ、怒られて当然だろ」
青山が顔をしかめたのは、ウーロン茶とジンジャエールで乾杯をしてすぐだった。家であったことを正直に白状した茂樹に、青山はやれやれと肩をすくめた。
「でもさ、そんな大げさな話じゃないだろ? ちょっと放置してただけで、今すぐ何か問題になるわけじゃないし」
「お前、マジで言ってんのか? 確定申告サボるってことは、税務署からしたら脱税と同じなんだぞ。最悪、延滞税も無申告加算税もついて、結局あとで倍払うことになる」
青山の言葉は大げさにも聞こえるが、単なる脅しというわけにも思えない。
「でも、まだ猶予期間とかあるんじゃ……」
「あるけど、それを過ぎたら大変なことになる。しかも、税務署って甘くないからな。お前みたいに『なんとかなる』って考えてるやつほど、痛い目見るんだよ」
茂樹は黙りこんだまま、ジンジャエールを口に含む。思っていたよりも甘くない炭酸が喉を焼くように胃のなかへと落ちていく。
「いくら共働きで財布が別でも夫婦は夫婦だろ? 干渉しすぎない関係とか踏み込み過ぎない距離感っていうのは、お互いに信頼関係があってこそだ。いくらフリーになって順調だからって、やっぱ不安定な収入ってのは心配かけるんだよ。だからこそ、余計な気を揉ませないように家族サービスしたりするわけ。確定申告で心配かけるなんて、絶対やっちゃいけないよ」
「まあ、そうだよな……」
「まずは税務署行け。やり方なんて分かんなくても、教えてくれるから。そんでちゃんと奥さんと仲直りしろよ?」
青山に肩を叩かれる。