税務署から電話が

すっかり半袖が着られる季節になっても、茂樹の仕事は変わらず順調だった。雑誌やファッションブランドなど、一定の周期で必ず発生する案件がいくつかできたことが大きいのだろう。不安定なフリーランスにとって、毎月ないしシーズンごとに定期的にある仕事というのは大きかった。

後部座席から下ろした仕事道具を持ってエントランスに向かう。途中、郵便受けを確認し、中身を無造作に掴んで運ぶ。

玄関の扉を開けると、まだ依子は帰っておらず、しんとしたぬるい空気が茂樹を出迎える。そういえば今日は残業だと言っていたっけと、今朝の会話を思い出しながらリビングに荷物を下ろす。テレビ台の横にある固定電話の液晶画面が光っていた。

「またか……」

茂樹は溜息をつきながら、夕刊をひったりくり、ソファに転がるように腰かける。

留守番電話の中身はどうせ確定申告の催促だ。たまたま早く現場がバラシになった日くらい、のんびりさせてくれたっていいだろう。

いつの間にか眠っていたらしい茂樹が目を覚ますとすっかり日は暮れていて、依子も帰ってきていた。

「おかえり」

「ねえ、これどうしたの?」

依子が固定電話をじっと見つめていた。

「ああ、それ? まあ……大したことないよ」

軽く流そうとしたが、依子は留守番電話の内容を確認し始めた。次第に眉間にシワが寄り、やがてさっきよりも鋭くなった視線が茂樹に向けられた。

「茂樹……まさか確定申告、やってないの?」

「あー、まあ……ちょっと忙しくてさ」

気まずくなって視線をそらした途端、依子の非難の声が降り注いだ。

「ちょっと忙しくて、じゃないでしょ! こんなの放置してどうするの!?」

「別に今すぐどうこうなるわけじゃないだろ? 大丈夫だって」

「大丈夫じゃない! ちゃんと申告しないと、延滞税とか罰則とかあるの知ってるの? そもそも、フリーになったら税金の管理は自分でしなきゃいけないのに、そんないい加減でどうするの!」

「いい加減じゃない!」

思わず声を荒げていた。

「仕事が忙しくて手が回らなかっただけだ。第一、俺の仕事のことなんだから、依子には関係ないだろ!」

言った瞬間、依子の表情が変わった。驚き、そして怒りと失望が入り混じったような顔だった。

「関係ない……?」
依子の声は震えていた。

「あなたが独立したとき、私はすごく不安だった。でも、あなたが大丈夫って言うから信じたのに、こんな大事なことを放置して、挙句の果てに関係ないなんて……」

リビングには、気まずい沈黙が流れた。

「もういい。勝手にすれば?」

依子はそう言い捨てると、茂樹には一瞥もくれず寝室へ行ってしまった。茂樹はそのまま動けず、依子の背中を見つめた。

●妻にあきれられてしまった茂樹。友人の青山にこのことを話すと、彼からもたしなめられてしまう。そしてついに茂樹は税務署に足を運び確定申告を終わらせる決意をするのだが……。後編:【「無申告加算税がかかります」確定申告をなめていた独立1年目のフリースタイリスト。辿り着いた“当然の結末”】で詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。