遅めの反抗期

「私はね、すごい過保護な家で育ったんです。というか、過保護すぎて、40歳になった今もずっと、そこで暮らしてるんですけどね」

次は私の番だとでもいうように、麗奈が話し出す。心なしか麗奈の声も不安定に揺れているように聞こえた。

「だから、海外旅行もしたことがないし、半熟オムライスも知りません。家で料理するって言っても包丁は握らせてもらえないし、門限は20時。当然、男性とお付き合いしたことだってありません。だから、遅めの反抗期だったんです」

「反抗期、ですか」

なんとなく想像はついていた。きっと彼女の家も、何かしらの問題を抱えた“特徴的”な家なのかもしれないと思っていた。ひょっとすると同じように親に悩まされ続けたからこそ、なんとなく通ずるような部分があったのかもしれない。

「はい。40歳になって、このままずーっとこの家で一生が終わってくのかなって思ったら、自分を変えてみたいと思って。今日だって、親には休日出勤だって言ってあるんですよ。もし男の人と会ってるなんてバレたら、汚らわしいって怒鳴り散らされます。自分たちだって、男と女として恋愛して、私のことを生んだのに、勝手な話ですよね」

麗奈は笑っていた。その笑みは軽やかだったが、同時に不安定に揺れているだけにも思えた。

「でも、反抗してみた甲斐がありました。私、これまでの人生で感じたことがないくらい、今が楽しいんです。健人さんと知り合えたから。マッチングアプリ万歳って感じです」

顔の横あたりまで素早く両手を上げた麗奈の動作に、健人は込み上げた笑いをこらえきれなくなる。きっと麗奈は、健人だけが過去の淀みを吐き出さなくて済むように、話してくれたのだろう。そしてそのうえで、今が幸せだと言ってくれたのだろう。

「ありがとう。麗奈さん」

「健人さん、手出してください」

麗奈がテーブルの上に手を伸ばす。健人は意味も分からず手を握る。お互いの指先にあった小さな震えは、打ち消し合うように溶け合って、お互いの少し高い体温だけが残る。

「私たち、似たもの同士だから惹かれ合ったのかもしれませんね」

「そうですね。かたちは少し違いますけど、苦労してますね、僕ら」

どちらからともなく笑みがこぼれる。きっと問題はたくさんある。麗奈の親を説得するのはきっと一筋縄ではいかないし、今は2人で過ごすのが心地よくても、そのうち子どもがほしくならないとも限らない。だが今、健人は素直に、麗奈のこの笑顔をずっと見ていたいと思った。

「世間知らずの不束者ですが、よろしくお願いします」

「こちらこそ。頼りない男ですが、よろしくお願いします」

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。