ネグレクトの家庭で育ったんです……
テーブルの下で、健人の手は震えていた。健人は深く息を吸った。「分かりました」と頷いてくれた麗奈は、健人が次に口を開くまでじっと待っていた。
「僕は、今でいうところのネグレクトの家庭で育ったんです」
離婚の理由で始まった身の上話に麗奈は合点がいっていないようだったが、真剣な表情で耳を傾けてくれていた。そのことがとても心強かった。
ネグレクトとは子供や老人に対して関心を持たず、世話をしないことを言う。
健人がそんな仕打ちを受けているとき、ネグレクトという言葉はなかったから被害を受けているという自覚もあまりなかった。
「そんな環境で育ったので、親との思い出は何もありません。正直どうやって育ったのかすら俺には分かりませんでした。とにかく親のやり方を真似して、自力で何とか生活をしていたという感じでした」
麗奈は黙ってうなずく。
「2人とも、本当にろくでもない親でした。金遣いは荒いし借金なんかも作って、とにかく酷い生活を送っていたんです」
「……それは大変でしたね」
麗奈が慎重に言葉を選んで発しているのがよく分かる。話して変に気を遣われるのも嫌だったから、これまで極力人にこういう話はしてこなかった。それでも麗奈には知っておいてほしかった。
「何とかバイトとかで高校までは行けたので、就職をしてすぐに1人暮らしを始めて親とはすっぱりと縁を切りました。だから今ではあの2人がどうやっているのか俺は全く知りません」
健人は水を飲んだ。大して味のしないはずの水がやけに苦く思える。
「自由になったと思ってました。地獄みたいな家での生活をなんとか切り抜けて、前の妻と友人の紹介で知り合って、ようやく幸せになれると思ったんです。でも、結婚してしばらくして、自分がまだあの家に囚われていることに気づきました」
「えっと、それは、どういう……?」
「すいません。うまく話せなくて」
困惑して眉を寄せた麗奈に、健人は自嘲するような笑みを浮かべる。