おばさん、面白いわ

とはいえ他にすがるものもない智子は、翌日も約束通りゲームセンターへ足を運ぶ。待ち合わせ場所は入口付近だが、いつものくせでクレーンゲーム台が並ぶエリアまで進み、見つけてしまった光景に思わず唖然とする。

奥から2番目。いつもガラスケースの向こうから、苦しげなさらりんがこちらを見ていた場所には、人気アニメキャラのデフォルメフィギュアが我が物顔で鎮座していた。

声にならない叫び声が出て、智子は膝から崩れ落ちた。きっともう手に入らないのだろう。傑作である〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉を持っていないことは、智子の推し活にこれからずっと付きまとう汚点だ。

涙があふれそうになるのを必死になって堪えていた。大の大人が公衆の面前で泣くなんて恥ずかしい。だが締め付けられるような胸の痛みは、さらりんへ向けられる智子の愛の確からしさを容赦なく責め立てた。

「おばさん、こんばんは――って、なに泣いてんの」

振り返るとイツキが立っていた。珍しく大きなリュックを背負っている。

「泣いてない」

「いや、目、真っ赤だし」

「泣いてないったら泣いてない」

イツキはクレーンゲーム台に目をやるや、智子が崩れ落ちている意味を察したららしく、目をすがめ浅くうなづいていた。どうせからかいにでもきたのだろう。すでに半ば自棄になっている智子は、中学生の子ども相手にそんなろくでもない恨みを抱く。

「おばさん、ほんと面白いわ」

イツキはそう言って、下ろしたリュックからゲームセンターのビニール袋を引っ張り出すと、智子に差し出した。意味が分からないまま反射で袋を受け取って、中身を見た智子は電撃じみた速さでイツキを見上げた。

「どういうこと?」

「俺の名前、樹木の樹に、生きるって書くんだよね」

名前の漢字は初めて知ったが、まあイツキという名前なら別に珍しい漢字でもないだろう。どうして今こんな話を――

「あ」

「気づいた? そういうこと」

イツキ――いや、タツオはいたずらっぽく笑った。

智子は袋のなかにいる〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉とタツオを交互に見やった。

「でも、なんで?」

「最初はただからかってみようかなと思ったんだよね。でも、すげえ一生懸命なお

ばさん見てたらさ」

「馬鹿にしてる?」

「してないよ。むしろソンケー。俺、まあ割と裕福な家に生まれてさ、ほしいっていえば何でも買ってもらえるし、ちょっとやれば勉強もスポーツもそこそこできるようになるし、なんか世の中つまんねーって思ってたんだけど、おばさん見てたら案外一生懸命って面白いのかもなって思ったよ」

「じゃあまずは学校に行くことね」

「はは、考えとく」
智子は立ち上がる。別に怒りは湧いてこなかったが、ずっと手のひらの上で遊ばれていたんだと思うと、なんだか釈然としない気持ちもあった。

さらりんを抱きかかえたまま、ゲームセンターを後にする。タツオも「もう用は済んだ」と後ろをついてくる。つかず離れずの距離感で歩いているうちに、だんだんと怒りが湧いてくるような気もしたし、やり返してやりたいとも思ったが、2人はあっという間に駅にたどり着いた。

「じゃあね」

タツオが言って、中央線のホームへ続く階段を上っていく。腕のなかでは、さらりんが苦しそうな表情で智子を見上げている。

基本的に仕事はできず、いつも理不尽に晒されることになるさらりんだが、そんななかでもブレることなく大切にしている言葉が3つある。それは「よろしくお願いいたします」「申し訳ございません」、そして「ありがとうございます」だ。

「タツオくん」

推しに恥じない振る舞いを。そう思ったら、智子はタツオを呼び止めていた。

「……あの、ちょっと色々言いたいことはあるけど、まずは、本当にありがとうございました!」

「ははは、おばさんやっぱり面白い」

タツオはくしゃくしゃな笑顔で笑って、階段を駆け上がっていく。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。