<前編のあらすじ>
智子はサラリーマンの妖精「さらりん」が主役で、カルト的な人気を誇る少女向けアニメ『まじかるぺっと☆さらりん』の熱心なファンである。
日々推し活に励む智子が狙っていたのは、クレーンゲームでしか手に入れることができないものの“最高傑作”との呼び声も高い、さらりんのぬいぐるみ〈〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉だった。
しかし、いくらお金をかけても、さらりんは智子の元へはやってこない。焦る智子とはクレーンゲーム筐体をゆすってしまい、ついには店員から「次やったら出禁」とまで言われてしまう。そんな、智子に声をかける一人の人物が現れ……。
前編:推し活女子がシュールな少女向けアニメにハマり…推しのために注ぎこんだ「仰天の金額」は?
そんなに欲しいの?
振り返ると、中学生くらいの幼い顔立ちをした髪の長い女の子が立っていた。オーバーサイズの白いパーカーに裾を引きずるほどだぼだぼな黒いカーゴパンツ。足元には本物か偽物か、ナイキのエアマックスを履いていた。
「おばさん、そのぬいぐるみ、そんなに欲しいの?」
「え、あ、うん。ほしいです、すごく」
まだ30代なのにおばさんと呼ばれるのが引っ掛かったが、智子は素直に頷いた。中学生になめられていようが構わなかった。智子はとにかく〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉を手に入れたかった。
「神技のタツオって知ってる?」
「神技のタツオ?」
「そう。どんな商品もワンコインで獲れるクレーンゲームの達人」
「そんな人がいるんですか……」
智子は呆気にとられた。どんな世界にもプロフェッショナルな存在というのはいるのだろう。もちろんクレーンゲームの腕だけで生活できる世界があるはずはないだろうが、次の瞬間に中学生が口にした言葉は智子にとって天啓だった。
「そんなにほしいなら、その人見つけて頼んだらいいんじゃない?」
「そんなこと、できるんですか?」
「だって60,000円も使ったんでしょ。そんだけ獲れないハードモードなら、きっとタツオも獲ってみたくなるんじゃない?」
確かにと思った。すると、〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉を獲れなかったのは、智子のクレーンゲームの腕以前の問題だったのかもしれない。
「その、タツオさんは、どちらに、いるんですか?」
「さあ」
「え、でも頼めばいいって」
「だから探して頼むんだよ」
「探す……」
智子は一瞬考え込んだが、あと何万円つぎ込んで挑んだとしても、智子の独力で〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉を獲れる未来は思い描けない。だとすればもう探すほかにないのだ。神技のタツオを。
「分かりました。探します。よろしくお願いいたします!」
「いいね、おばさん。手伝ってあげるよ。ゲーセンよく来るから詳しいし」
「助かります! でも、あなた学校は?」
「行ってない。俗にいう不登校ってやつ?」
「はぁ……」
智子は眉を寄せる。終業後なので学校も当然終わっているとはいえ、不登校の子どもを連れまわすことには若干の後ろめたさを感じずにはいられない。だが、道徳を振り返っている場合ではないし、手掛かりは多いほうがいい。何よりゲーセンに詳しいという彼女がいるのは、心強かった。
「あの、あなた、お名前は?」
「あー、えっと、イツキ」
「イツキさん。私は鴫原智子です」
智子はイツキに向けて右手を差し出す。イツキは智子の手と顔を交互に見たあと、「おばさん面白すぎ」と笑いながら智子の右手を握り返した。