時計の針が18時を回った瞬間、智子はデスクの荷物をまとめ始めた。休憩時間を半分返上で働いた分、今日中に片付けておかないといけない仕事はもう終わっている。バッグを肩にかけた智子は「お疲れ様です」と、依然としてキーボードの打鍵音や電話の声が響いているオフィスに向けて静かに言って、抜き足差し足で退社した。

家まではやや遠回りになると理解しつつ、智子は電車に乗って新宿へ向かう。目的地はゲームセンター。眩しい照明と賑やかな電子音は、通い詰めて早1週間になる智子にはまだまだ慣れない。とはいえ迷いのない足取りでゲーム筐体とそれで遊んでいる人たちの間を抜けて、いつも通り奥から2番目のクレーンゲーム台にたどり着く。智子はガラスケースの向こうで寝そべっている〈さらりん〉を眺めて、うっとりと目を細める。

智子が愛してやまない『まじかるぺっと☆さらりん』は、サラリーマンの妖精〈さらりん〉をはじめとする仲間たちが、働く人々の悲喜こもごもを語りながら、ちょっと乱暴だけどたまに優しい雇用者(人間の女の子)であるハナちゃんたちと暮らすシュールレアリスム的少女向けアニメである。

子どもにはあまりにシュールで痛々しい内容すぎたせいもあり、アニメの放送自体はたった半年で打ち切り同然に幕を閉じたが、一部のマニアにはカルト的な人気があるため、今もこうしてたびたび新しいグッズが展開されることがある、絶妙な位置づけの作品だ。

ガラス1枚を隔てた向こう側にいるのは、先週リリースされ、すでにファンのあいだでは傑作と名高い新商品〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉のぬいぐるみ。いつもはふっくらと丸く、お餅みたいな見た目のさらりんが固定電話のコードに首(に見えなくもない顔の周り)を絞められながら、涙を流している哀切がたまらない逸品だ。

言わずもがな、智子は、自分が好きになってから発売されたさらりんグッズを全て持っている。智子が好きになる以前のグッズでは作品自体がニッチなこともあって、どうしても手に入らないものがあるため、引き裂かれるような思いも味わったが、それでもネットオークションなどで入手できる範囲のグッズは金に糸目をつけずに買いあさった。

だから智子には〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉も何としても手に入れる必要がある。何なら枕元で抱きしめる用と保管用で2つほしい。

それなのに、発売から1週間経った今も、智子は〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉を手に入れることができずにいた。