推しのぬいぐるみが手に入らないワケ
理由は明白だ。
智子はゲームというゲームがとにかく苦手だ。とくにクレーンゲームなんて、人生で数えるほどしかやったことがなく、何かが獲れたためしは1度もない。
現に智子はすでに、この1週間で60,000円ものお金を使い、ゲーム台のなかに溶かしていた。クレーンゲーム景品には1,000円という法律で定められた上限価格があるが、60倍の金額を使っても、〈さらりん(テレアポ地獄で心バキバキVer)〉は智子のもとへやってきてはくれなかった。
両替した100円玉をゲーム機に突っ込み、深呼吸をする。ボタンを押すとアームが横へ動き、ボタンから手を離すとぴたりと止まる。問題はここからだった。
智子はめいいっぱい腕を伸ばしてボタンに手をかけたまま、ゲーム台の横に回り込み、さらりんの位置を確かめる。ネットやYoutubeで調べたところ、さらりんのぬいぐるみ本体と電話のコードのわずかな隙間にアームを差し込み、転がして獲るとのことだったが、一体どうやったらあの1センチもなさそうな隙間にアームが差し込めるのか、その具体的な方法はどれだけ調べても分からなかった。
智子はまばたきも呼吸も忘れ、ボタンを押す。思いのほかアームが滑らかに動き、あっという間にさらりんの頭上に到達する。智子がボタンから手を放すとアームが開きながらさらりんに向かって伸び、閉じると同時にさらりんのお腹に引っ掛かる。
今度こそいける気がした。
しかし閉じたアームはさらりんを数センチ、いや数ミリ浮かせただけで力負けし、何も持ち上げることはなかった。
とはいえこんなことで挫ける智子ではない。小銭でパンパンに膨らんだフルラの財布がしぼみ切るまで、延々と挑戦を続ける。もちろんそれでもさらりんはほとんど動かない。どころかアームに引っ掛かったはずみで、取り出し口からさらに遠のいた。