これは全部、私の大事なものなの!
ある朝、春子は外の物音で目を覚ます。寝室から窓の外をのぞくと、向かいのゴミ屋敷の前に複数のトラックが止まり、人々が慌ただしく動き回っていた。
作業服を着た役所の職員たちが次々とゴミを積み込み、どんどん敷地を片付けていく。
ついに行政代執行の日が来たのだと思った。
「やめとくれよ! これは私のものなんだよ!」
和世の叫び声は、作業音にかき消されていった。敷地内には、古びた段ボール箱、壊れた家電、捨てられた家具など、数えきれないほどのゴミがため込まれていたが、トラックの荷台に収められるとどんなものもただの廃棄物に変わった。
和世は玄関先で職員たちにつかみかかろうとしていた。
細い腕を振り回し、泣き叫ぶその姿は痛々しいほどだったが、職員たちは一切手を緩めることなく作業を続けた。
和世の家の周囲には平日の朝だというのに多くの人がやじ馬として集まり、冷ややかな好奇心とスマホのカメラを向けていた。
春子は人知れず唇をかみしめていた。
「お願い、やめてちょうだい! これは全部、私の大事なものなの!」
和世の悲痛な叫びが再び響き渡る光景を、春子はただ立ち尽くして眺めていた。
行政代執行による大掃除が終わると、敷地内のゴミはほとんどなくなり、ところどころ雑草が繁茂し、まくれた土が見える無残な庭があらわになった。職員たちが最後のゴミ袋を積み終えてトラックを発車させると、住宅地には穴が空いたような静寂が訪れた。
集まっていたやじ馬たちは、散り散りになり自分の家へと戻っていく。玄関の段差には背中を丸めてうなだれて座る和世の姿だけが取り残されたようにあり、季節外れのセミの抜け殻を思わせた。
地域に巣くっていた迷惑なゴミ屋敷が掃除され、ほっとした気持ちもある。しかし同時に、これでよかったのだろうかという気持ちもあった。
春子はロングコートを羽織って外に出た。自分にできることは何もないと知りながら、居ても立ってもいられなかった。
外に出ると、思っていたよりもはるかに冷たい空気が春子の肌を刺した。
●思わず和世に寄り添ってしまう春子。ゴミ屋敷に変貌した理由とは……。後編【「気が付いたら持って帰ってしまうの」貯金なしで老後を迎えたゴミ屋敷に住む80代女性が「ゴミを集め続ける理由」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。