長年連れ添った夫を亡くして…
あくる日の午後、春子が玄関ポーチの植木に水をやっていると、向かいのゴミ屋敷の前に見慣れない車が止まっているのが見えた。壊れた門扉を挟んで、役所の人らしい作業着姿の男性2人と和世が何やら話し込んでいる。
いや、話し込んでいるというよりも、家に入ってこようとする2人を和世が遮っているというほうが正しいかもしれない。3人の雰囲気はけんのんだった。
「これはゴミじゃない! 勝手に入ってくるんじゃない! 不法侵入だ! 近寄らないで!」
「……だけどね、志村さん、ご近所にも迷惑がかかってるんですよ。このままだと、行政代執行で強制的に撤去することになるからね」
和世の鬼気迫る様子は、普通ならはた迷惑な騒動に映るはずが、春子の胸には鈍い痛みが走っていた。
和世の家が「ゴミ屋敷」と呼ばれるようになったのは、今から6年ほど前。彼女が長年連れ添った夫を亡くしてからのことだ。それまでの和世は、春子にとって優しく気さくな良き隣人だった。庭仕事が得意で、季節の花を育てるのが趣味だった和世は、よく春子にも花を分けてくれた。
「春子さん、このラベンダー、いい香りでしょう? 良かったら持って行って」
「わあ、立派な株! ありがとうございます、和世さん」
当時の笑顔を思い出すたび、春子はやりきれない気持ちになってしまう。
そうして何もしないまま、ぼんやりと眺めているうちに、和世の姿はゴミ屋敷の中に消え、役所の人たちも車に乗って立ち去っていった。
春子は無意識に握りしめていた手を開く。ひどく冷たいのに、手のひらにはじんわりと汗がにじんでいた。