スマートに進まない会計
結局、合コンが終わるまで檜山の鍋奉行っぷりは続いた。真美はこの苦痛な時間が一刻も早く終わってくれることを願った。さっきとは違う店員がふすまを開けてラストオーダーを取りにきたとき、ようやく解放されるんだと思うとホッとした。
残り30分のラストスパートをしのぎ、遠藤が店員からお会計をもらう。
「1人9500円ねー」
「9500円⁉」
遠藤の一言に思わず声を上げたのは絵里奈だったが、真美も、たぶん智子も同じ気持ちだった。いくら忘年会シーズンとはいえ高すぎる。それに、お通しが1番おいしいと言っていた遠藤の言葉通り、ごく一般的な鍋でしかなく、まさかそんな値段になるとは思わなかった。
「現金持ち合わせないから、電子マネー送るのでもいいですか?」
「いや、ごめんね。絵里奈ちゃん。俺やってないんだよね。だから現金でお願い」
だから現金ねえって言ってんだろ、と真美が絵里奈のとなりで叫びたい気持ちをのみ込もうとしていると、横から檜山が割り込んでくる。助け船を出してくれるのかもしれないと、この期に及んでもまだそんな期待をしたが、そんなはずもなかった。
「あ、俺、遅れてきて、そんなに食べてませんし、1000円でいいですよね?」
「たしかにそうだな。じゃあ2000円で。他の人は1万3000円ね。あ、いや、それだともらいすぎか。えっと」
ぽちぽちとスマホで計算している遠藤にしびれを切らした真美は、彼の手からお会計を取り上げた。
「面倒なので、ここ取りあえず私がぜんぶ出しますね」
「え、まじすか」
「おごりあざっす!」
「おごりじゃねえよ」
真美たち3人の声がぴたりとそろった。
真美は店員にクレジットカードを差し出し、手早く会計を済ませてしまった。もちろん現金は遠藤たちからきっちり徴収する。しかしどうやら遠藤こそ現金の持ち合わせがなかったらしく、財布のなかには3000円しか入っていなかったし、檜山は本気でお金を払わなくていいと思っているらしく、2000円しか徴収できなかった。
「じゃ、じゃあみんなで2軒目行きましょうか。次はカードで俺がおごるんで」
「やだな。行きませんよ」
遠藤のふざけた提案をきっぱりと断って、真美たちは店を出た。冷たい外気に触れながら、真美は絵里奈と智子と肩を組む。
「ねえ、私たちだけで飲み直そうよ」
「いいね、口直ししよ、口直し」
「私も賛成。次んとこ、わたしが出すよ」
男連中を置きざりにして、独身女性3人組はさっそうと夜の街に繰り出した。時計を見ると、まだ20時半。夜はまだ始まったばかりだった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。