一気に冷えるテーブルの空気

「野菜はまだ早い!」

鋭い声と同時に、箸が飛んできて、真美の箸をはじいた。

「え?」

「白菜、もっとしっかり煮てからじゃないと」

「はぁ、そうなんですか」

「逆に、肉は似すぎると硬くなりますからね。はい、小皿貸して」

言われるがまま小皿を渡すと、檜山は肉をこんもりと盛り付けて真美のもとに小皿を戻す。

それから檜山は菜箸で具材の位置を調整し始めた。眉間にしわを寄せながら鍋のなかを見ていたかと思えば、「やっぱり、スープが煮詰まって濃くなってるな」とつぶやいて店員を呼び、スープを足すように指示を出す。

「ちなみに、お聞きしていいですか? ネギ、輪切りにしてありますけど、どういう意図ですか? 切れ目は斜めに入れたほうが、断面の面積が広がって味がよくしみこむと思うんですよ」

「えっと、あの、確認してきます」

「あ、いえ、そういうんじゃないんです。意図があるなら知りたかったってだけなので」

「申し訳ございません」

スープを足しにきた店員は頭を下げて個室から出て行く。

「よっ、鍋奉行!」

「やっぱ鍋は檜山がいねえと始まんねえよな」

遠藤と葛西は口々に叫ぶが、真美は終わったとしか思えなかった。盛り上がりかけていたテーブルの空気は冷えていた。鍋にこだわりがあるのはまだしも、バイトであろう店員を問い詰める意味が分からない。

〈やっぱ、ハズレ……?〉

〈てかなに今の 引くんだけど〉

テーブルの下でグループチャットが動き出す。

しかし言葉も出ない真美たちをよそに、檜山の「鍋奉行っぷり」はそこからも止まることはなかった。

絵里奈が気を利かせて鍋に肉を追加しようとしたら「白滝のとなりに肉を入れると、肉が硬くなる。これ常識ですよ?」と文句をつけられ、智子は「七味をかけすぎるとスープの繊細な味が分からなくなります。そんな食べ方、作った人間に失礼でしょう」としかられていた。

檜山は優良物件ではない。とんでもない事故物件だ。

真美の中で盛り上がっていた気持ちがどんどんしぼんでいった。しまいには「こんな状態の鍋をよく楽しめましたね」と鼻で笑われ、辛うじて笑顔を保っていた気持ちは完全になえてしまった。