ツバメのように家を守っていた母

父に写真なんて趣味があっただろうか。

気になった朱美は写真を持って、居間に戻った。ぼんやりとテレビを見ている静枝にその写真を見せる。

「お母さん、この写真、何だか分かる?」

静枝は目を細めて、写真を見ていた。老眼もあるから、何が写っているのか分からないようだ。

「これ、ツバメの巣だと思うんだ。ほらそこの庭の軒下のところだよ。あんなところにツバメの巣があったなんて知らなかったよ」

それを聞き、静枝はうれしそうにうなずいた。

「あぁ、そうそう。もう何年も前から、ちょうど6月ごろの今くらいの時期にね、ツバメがうちに巣を作りに来るんだよ」

「へえ、そうだったんだ」

「それをね、お父さんといつも楽しみにしててね」

「2人ともそんな趣味あったっけ? あんまり動物とかに興味があるって感じたことなかったけど」

静枝は指で優しく写真をなでる。

「寂しかったのよ」

「え?」

「そりゃ、そうでしょ。朱美がいなくなって、2人だけになっちゃったんだから。だから、毎年やってくるツバメが、かわいくってね。毎年の楽しみだったの」

朱美は胸に手を置く。

昔なら、そんな大げさなと感じていただろう。しかし今の自分なら、2人の気持ちに共感することができた。亮一が出て行き、ぽっかりと心に穴が空いた。その寂しさを朱美も今まさに感じているところだった。

2人にとって心の穴を埋めてくれたのがツバメだったのだ。

「この家を離れたくない理由って、もしかして――」

「だってねえ、この家がなくなったら、この子たちの帰る場所がなくなるだろう? それに朱美だって、死んじまったあの人だって、この家にいつでも帰ってきていいんだから」

親の心子知らず、それは自分にも当てはまった。

静枝にとってこの家でツバメを待つということが、父との大切な思い出の1つなのだろう。朱美は危うくそれを奪おうとしていた。

朱美は静枝に目を向けて、手を差し出す。

「ちょっと庭に出てみない?」

静枝はうなずく。朱美は静枝を補助しながら庭に出て、軒先を見上げた。巣の痕跡がある軒下に、まだツバメたちの姿はない。

「今年もツバメ、来るかな?」

「どうだろうね。毎年、お父さんも楽しみにしてたからねえ。きっと今年も待ってるはずだよ」

どうして静枝が同居を拒むのかその理由が分かった気がした。父の楽しみをなくさないためだ。朱美は小さくうなずいた。

「きっと来るよ。今年も楽しみだね」

父もこの家のどこかで同じようにツバメを待っているのだろうなと朱美は思った。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。