夫の真実の姿

翌朝は休みだったので、陽太郎はいつもより遅く起きてきた。

ダイニングテーブルに座る陽太郎に里歩は何食わぬ顔でコーヒーを出す。

「左遷だったんだってね」

陽太郎のカップを持つ手が固まった。

「そんなの、言ってくれれば良かったのに……」

「黙ってて悪かった」

寝癖まみれの頭で陽太郎はうつむいた。その姿はとても弱々しかった。これが今の陽太郎を克明に写しだした姿なのだと分かる。

この人はこの人で、戦っていたんだ。

「いいんじゃない? 部下のためにやったんでしょ。陽太郎は悪くない」

「でももう、よっぽど支社で結果を残さない限りは東京にも戻れないし……」

その言葉を聞いて、里歩は大きく伸びをした。

「ごめん」

伸びを終えて、一息ついた。

「いいの。それならそれで、考え方を変えるだけだから」

「でも、お前、ここでひとりぼっちだろ?」

「どうせすぐに戻るんだから、ここで友達を作っても意味ないかなって思ってただけ。作ろうと思えば、なんとかなるよ」

里歩はうつむく陽太郎を見つめた。

「ごめんね、あなたの気持ち、全然分かってあげられてなかった」

「いや、違うよ。俺が隠してたのがよくなかった。なのにずっとイライラしててさ、意味分かんないよな。里歩にも八つ当たりしちゃったし」

里歩は陽太郎の手を握った。

「それじゃ、今日から私たちの新生活が始まるってことにしよ。住めば都って言うんだし」

「……うん、そうだな。そうなるように頑張るよ」

陽太郎はゆっくりと顔を上げた。

「散歩でも行こうか。……みんなで」

陽太郎が立ち上がり、里歩もそれに続く。陽太郎が散歩についてきたことなんて今まで1度もなかったから、戸惑って首を振っているココアに思わず笑みがこぼれた。

いい天気だった。東京よりもいくらか広い空はどこまでも青く、宇宙まで見渡せそうなほどに澄んでいる。

春の終わりの――いいや、夏のはじめの力強くも穏やかな日差しが、2人と1匹を照らしていた。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。