犬の世話ならしないから
あの日から一緒に夕食を取っているとき、2人はずっと無言を貫いていたが、遙香の後押しもあって里歩は意を決して口を開いた。
「あのさ、ちょっと話したいんだけど」
「……犬の世話ならしないから」
むすっとした返しにいら立ちを覚える。それでも、私が大人にならないと――と里歩は気持ちを落ち着かせる。
「ココアのことはもう平気。そうじゃなくて、最近ずっとそんな調子でしょ。家に帰ってきても何かずっと怒ってない? 何が不満なの? 引っ越したこと?」
「いろいろだよ。そんなの言い出したら、キリがない」
陽太郎は食事も途中なのに箸を置き、席を立とうとする。
「ちょっと待ってよ。ここに引っ越したのだって、私なりに考えがあって……」
「うん、ならいいじゃん。はい、話は終わりね」
「だって、もう何年もあんなところで生活は考えられなくて。やっぱり私、都内の生活に慣れてたからさ」
「じゃあ何? 今度は都内に引っ越す? 俺は都内から満員電車に乗って何時間もかけて通勤をしろって言うの?」
「いや、違うよ。そうじゃないけど…。でもいつになったら、都内に戻れるか分からなくて……」
「じゃあ、お前だけ都内に家を借りろよ。それでいいじゃん」
それだけ吐き捨てて陽太郎は寝室にこもってしまった。単身赴任と別居は大きく違う。このまま本当に離れ離れになってしまうのかもしれない。里歩は胸を踏みつぶされるような息苦しさを感じて背中を丸めた。