父と遭難

「……公平、公平!」

名前を呼ぶ声がして、公平は目を開けた。

かすんだ視界の真ん中に博義の顔が見えた。珍しく泣きそうにゆがむ顔に、公平は何かがあったのだとぼんやり理解した。

「良かった、良かった……」

公平は博義に支えられてゆっくりと体を起こす。辺りはすっかり薄暗く、高い木に囲まれてる。目と鼻の先には急こう配の斜面があり、地面の一部がえぐれたように剝(は)げていた。

「落ちたのか……」

「ああ。ここがどのあたりなのかも分からない」

「なんであんたまで一緒に」

「お前を助けようとしたんだが、一緒に落ちてしまったらしい」

公平は博義を巻き込んだことを反省する。しかも単に足を滑らせたのではなく、あんな子供みたいな反抗をしたせいで。

「どうなるんだよ、俺たち」

「むやみに動かないほうがいいだろう。辺りも暗くなっているし、野生動物がうろついているかもしれない。何よりここがどこなのかも分からない」

「それって、遭難ってことだよな……?」

博義は厳しい表情でうなずく。公平ががくぜんとしていると、雨が降り出した。頭上を覆う広葉樹の葉をたたく雨音は、公平たちの背中に重くのしかかっていた。

●遭難してしまった公平と父。雨の中、山でひと晩を明かすことになるのだろうか……? 後編定年後の父と遭難…救助隊を待ちながら父が明かした「早すぎる再婚」の理由】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。