晴れて入学、だが突きつけられた現実
それから道代は残された時間の全てを入試対策に向けた。
世の中のことをちゃんと知りたいと法学部を選んだ。とはいえ、若いころのようにものを覚えられるわけではない。何度も繰り返さなければいけなかったが、今度は集中力を持続させるだけの体力がない。道代は壁にぶつかりながらも少しずつ着実に、粘り強く勉強を続けた。
時間をかけたおかげで、試験には無事合格。道代は晴れて大学生になることが決まった。
入学式当日、道代はこの日のために買っておいた通学定期券で電車に乗り込む。
周りにはスーツ姿の男女がちらほら見えた。彼らも同じ大学に行くのかもしれない。仲良くなるには何を話しかけたらいいのだろう。
そんなこと思いながら、電車で揺られていた。
大学に到着して、指定された講堂へと向かう。目の前の新入生は受付の女性から胸に挿す花飾りをもらっていた。
当然、道代も同じように受付に並ぶ。すると20代の女性は困惑した顔になる。
「あの、ここは入学者の受付になりますので」
道代は慌てて学生証を見せ、自分が入学者であることを示した。
「すいません……!」
「いえ、こちらこそすいません。間違えちゃいますよね」
女性は気まずそうに手渡された花飾りを胸に挿し、道代は案内図を頼りに法学部の座席に座る。笑顔で受け答えをしたはずなのに、胸が痛んだ。きれいな花飾りはたぶん道代には似合っていないのだろう。
入学式の開会時間が近づくにつれ、座席は新入生で埋まっていく。隣には派手なメイクの女性が座っていて、冷たい視線を道代に向けていた。
よれている花飾りをなんとかきれいにしようとしているとき、隣の女子生徒が誰かにメッセージを送っているのが目に入る。
――ウケる。となりにババアがいる
女子生徒が打ち込んでいた文章に衝撃を受けた。
まざまざと現実を突きつけられたような気がした。そしてバレないように周りを見渡す。
何処(どこ)も彼処(かしこ)も若者ばかり。肌つやも良く、気力に満ちあふれている。
ババア。
そんな人はこの会場に道代しかいなかった。
それからは何もかもが思い描いたものの反対だった。
入学オリエンテーションが終わった後、いたる所でサークルの勧誘が行われていた。しかし誰も道代に声をかけてこない。この晴れやかな場に、道代はふさわしくなかった。サークル勧誘でにぎわう構内のメインストリートで、道代は透明人間だった。
逃げ出すように大学を出た。家に着いてすぐ、玄関に座り込んだ。
大学に行こうだなんて場違いだったのだ。年相応に、おとなしくしていればよかったのだ。道代が吐いたため息は、いつまでも玄関に残って漂っている。
●前途多難な道代の大学生活……。「殻」をやぶるきっかけとなった事とは? 後編【「私は、間違っていた」年齢の壁に直面した60代女性が“老後の学び直し”で得た「かけがえのないもの」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。