登美子の胸の内
「夢なのか何なのか分からなかった。でも今回のことで全部現実で自分がやったことなんだと分かった。でもこれ以上悪くなると、こんなことも思わなくなるのでしょうね。……これ以上みんなに迷惑をかけるようなことはできない。私、施設に入ろうかと思う」
登美子本人から想定外の申し出に、麻里も久司も目を丸くした。
「お義母さん、もう二度とこんなことは起こりません。ううん、私が起こしません。ひよりだっているんですし、安心してこの家にいていいんですよ」
「そうだよ。それに施設に入るって言ったってお金のこともあるんだし」
麻里たちは口々にそう言った。たしかに認知症で手間のかかる登美子を疎ましく思ったこともあった。だが、ひよりの姿を見て思ったのだ。ひよりほどではないにしても、麻里にだって家族として登美子と過ごしてきた時間と絆があるはずだ。
「……ありがとう。でもねもういいの。これ以上ひどくなったら本当に大変なことになる。あなたたちに負担をかけるのは私は嫌なの。お父さんにも怒られちゃうわ。お金のことも心配しなくて大丈夫。お父さんがね、お金を残していてくれたの。何かあったら使いなさいって」
できれば手を付けないであなたたちに相続させてあげたかったけど、と申し訳なさそうにつぶやいた登美子に、麻里はかけるべき言葉をすぐに見つけることができなかった。
施設での新生活
義父が遺していたお金は300万近くにもなり、登美子は無事に施設への入所が決まった。
施設に入った登美子は同世代の人たちとの交流が思いのほか楽しいらしく、前よりも少し明るく、そしてはきはきとするようになって見えた。
麻里はひよりを連れて、週に1度、登美子のもとを訪れている。
「ひよりはちゃんとご飯食べてるのかい?」
「もちろん。お散歩も2日に1回はしてますよ。きっとお義母さんに会うために、体力づくりでもしてるんですね」
登美子は施設の前のベンチに座り、ひよりの頭を撫でている。
施設に入ってから、登美子はひよりのことを忘れていないそうで、いつも介護士に楽しそうにひよりの話をしているそうだ。
愛されているひよりにほんの少しだけやきもちを妬きながら、麻里は水筒に入れてきた温かいお茶を登美子に手渡す。
「麻里さん、ありがとう」
登美子がお茶をすすり、小さく息を吐くと、ひよりが嬉しそうに吠えた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
