スーパーでのパートを終えた望美は自宅とは反対方向に自転車を走らせて、母が暮らす実家へと向かう。

道の入り組んだ丘の上にある実家までの道のりは険しいが、ペーパードライバーである望美では通れない道だらけなので、こうして自転車を使うほかになかった。途中何度か立ち止まったり、自転車を手で押したりしながら実家にたどり着く。

周りの家に埋もれるように、古い2階建ての一軒家が日が暮れて黒さを増した曇り空を背景に佇んでいる。

72歳の母の介護が始まったのは3年前。介護とはいっても、腰を悪くしてぼんやりしていることが増えたくらいだし、平日の3日間はデイサービスを使っているので、世の中にはもっと苦労して介護をしている人がいることは分かっている。

だが、それでも腰が悪く料理や掃除など長時間の立ち仕事ができなくなった母に代わり、ほぼ毎日実家を訪れて面倒を見るのは簡単なことではない。

まして望美にも家庭はある。夫は仕事で忙しいし、中学に上がったばかりの息子は部活中心の生活を送っている。2人も家事は手伝ってくれるが、それでも望美が中心になって切り盛りしなければ家のことは回らない。

できることなら母のことを老人ホームに預けたいと思う。実際に何度かそういう話を母に持ちかけたりもしてきた。だが、母は頑なで、決して首を縦には振らなかった。

「ここが私の死に場所なんだ」

そうくり返す母の言葉を聞くたび、まるで自分の考えが薄情なのではないかという気持ちになった。母のことは大切に思っているはずなのに、介護に追われる毎日を疎ましく思っている自分を見透かされているようで苦しくなった。

望美は深いため息を吐く。押し開けた鉄製の門扉はひどく冷たく、望美の来訪を拒んでいるようにすら思えてしまう。