母の姿はどこに……

「お母さん、来たよー」

玄関に荷物を下ろし、母に声をかける。リビングからテレビのにぎやかな音が聞こえるが、母の返事はしなかった。

望美は靴を脱いで家にあがる。家が古いせいでひどく冷える廊下を抜けてリビングに向かうと、テレビだけがいない視聴者に向けて音を出していて、母の姿は見えなかった。

「お母さん……?」

時刻は17時半を回ったところだった。17時くらいまでに到着できればデイサービスの送迎とぎりぎり入れ違いになることもあったが、今日は退勤間際にちょっとしたトラブルがあって間に合わなかった。

まさかたった十数分のあいだに家を出てどこかを徘徊しているのではないかと、最悪の想定にまで思考を巡らせながら、風呂場やトイレや台所を確認していく。望美が台所に入ったとき、脇にある勝手口のガラス越しに、庭の隅に置いてあるベンチに座る母の後頭部が見えた。

「もう、何やってんの」

苛立ちを呑みこみ、勝手口の扉を開けて庭に出ると、冷たい風が望美の安堵を引きはがしていく。

「ああ、望美。いつもいつも悪いね」

「もうお母さん、こんなところにいたら風邪引いちゃうよ。上着だって着てないし」

カーディガン1枚で2月の終わりの寒空の下にいる母に、望美はため息をつき、ひとまず自分が着ていたコートを脱いで母の肩にかけてやる。

「中に入ろう?」

望美は母に声をかける。コート越しでも身体が冷たくなっているのがよく分かった。