式場の親族控室で椅子に座っていると、妻の実里に太ももを押さえられる。
「貧乏ゆすり、止めてよね」
「あ、ああ。悪い」
和寿は座り直して、天井を見上げた。気持ちがずっと落ち着かない。理由は分かっている。今日は息子――晴樹の結婚式だ。和寿は慣れないえんび服を着せられて、式が始まるのを待っていた。
ふいに出入り口のドアが開いて振り返る。そこにはスーツを着た晴樹の姿があった。りりしいタキシード姿の晴樹に実里が立ち上がる。実里に倣って、和寿も立ち上がった。
「今日は、ありがとな、来てくれて」
晴樹は少し照れくさそうに和寿たちに向かって、感謝の言葉を述べる。実里は笑って首を横に振る。
「そんなの当然でしょ」
もちろん、和寿も実里と同じ気持ちだった。
「あのさ、父さん」
晴樹に呼ばれて和寿は驚いた。晴樹が話しかけてくるなんてめったにないことだった。和寿はこれまで仕事ばかりをしてきて、晴樹と会話することはあまりなかった。基本的に家庭のことは実里に任せっきりだったのだ。
「ありがとうね。今まで育ててくれて」
目線を落としながら感謝を述べる晴樹を見て、和寿は固まった。すると、背後から実里に背中を突かれた。
「あ、ああ。気にするな。お前も、スーツ似合ってるな」
しどろもどろになりながら答えると、晴樹は軽くうなずいて控室を出て行った。晴樹がいなくなると緊張の糸が切れ、椅子にまた座り込む。そんな和寿を見て実里がおかしそうに目尻を落とす。
「良かったじゃない。あんなこと言ってくれるなんてね。もしかしてもう泣きそうなんじゃない?」
「ああ、そうだな……」
晴樹が出て行ったドアを見つめると思わず目頭が熱くなる。晴樹にとって、今日が最高の1日になればいいと熱を持った目頭を押さえる。
「ちょっと」
からかい混じりに肩をたたいてくる実里をあしらいながら、和寿は自分が結婚したときのことを思い出し、すぐに首を振ってかき消した。せっかくの晴れ舞台なのに、嫌な記憶で気分を悪くする必要はない。
間もなく式場のスタッフが親族を呼びにやって来た。和寿は気持ちを切り替え、息子の晴れ姿を温かく見守った。