父との確執

家に帰った和寿はすぐに風呂に入り、いつもの部屋着に着替えた。1日中、慣れないえんび服に袖を通していたせいか、ひどく肩が凝っていた。冷蔵庫からビールを取り出した和寿を見て、ちょうど風呂から上がってきた実里は目を丸くしていた。

「式場でも飲んでたのに、まだ飲むの?」

「あそこじゃ緊張していて、飲んだ感じがしなかったよ」

「じゃあ私も付き合おうかな」

和寿はもう1本ビールを出す。

「ほんと、良い式だったよね」

実里がぽつりとつぶやく。

「あれだけの人に祝われたら、そりゃ、幸せだろうな……」

言葉を漏らした和寿を見て、実里は暗い表情になる。

「私たちのときは、いろいろあったからね……」

「……ああ、そうだな」

晴樹の結婚式は多くの人に祝われていた。しかし、和寿と実里の結婚はそうではなかった。特に父の幸三は、実里との結婚に大きく反対をした1人だった。幸三は代々受け継がれてきた土地を管理しているいわゆる地主だった。それなりに顔も広く、周りにはご機嫌取りに集まってくる人間がたくさんいた。もちろん家でも典型的な亭主関白で、幸三のやることには誰も反対できなかった。父は絶対的な権力者だった。

18歳で進学のために実家を出た和寿は、大学を卒業してからもそのまま県外の会社で働き、その会社で知り合った実里と交際を始めた。24歳の時、帰省していた和寿に幸三は縁談の話を持ちかけてきた。相手はよく幸三が世話をしている鉄工所の所長の1人娘だった。

『そろそろ1人前になれ』

幸三が言ってきたのを覚えている。もちろん和寿はいら立った。このときすでに実里と付き合っていたし、結婚も考えていた。プロポーズをしたわけではなかったが、結婚を考え始めていた時期でもあった。なので和寿は、生まれて初めて父親に真っ向から反抗した。幸三は激高し、和寿を家から追い出した。

和寿と実里が婚姻届を出したのはそれから2カ月後のことだったが、和寿の脳裏に勝手に縁談を進められてしまう前に結婚しなければという焦りがあったのは言うまでもない。結婚の報告と式の招待は、母を経由して幸三にも伝わっていたはずだが、結婚式に幸三が姿を見せることはなかった。あの日に追い出されて以降、和寿は実家に帰っていないので、当然実里も幸三にはあいさつすらしたことがない。