敦也が見せた変化

翌朝、台所に立った敦也が、慣れない手つきで卵を割っていた。フライパンからかすかにバターの香りが立ちのぼる。洗い物をしながら振り返った美代子は、一瞬、何か見間違えたような気分になる。

「どうしたの? 珍しい」

「昨日の夜、急に目が覚めた感じでさ」

敦也は照れたように笑って、フライ返しで器用にオムレツを返した。卵が少し崩れてはいるが、それでも颯太は「パパのたまご!」と嬉しそうだった。

颯太の熱は夜のうちに下がり、朝には顔色も戻っていた。念のため保育園は休ませたが、大事には至らずに済んだ。

美代子は、食後に出した薬を飲ませながら、小さな変化を見逃さないようにと、何度も颯太の額や首筋に手を当てる。その合間に、敦也は自分から話を切り出した。

「七五三の準備……俺もちゃんと考えようと思って」

「うん」

「予算とか、当日の役割とか、改めてふたりで決めよう」

少し前なら、その場しのぎの言葉だと一蹴してしまったかもしれない。だが、今美代子が見つめている敦也の顔には、取り繕いや謝罪ではなく、ようやく同じ方向を向いて歩き出そうとする確かな気持ちがにじんでいた。

   ◇

その日の午後、ふたりはテーブルにノートとペンを広げた。候補にしていた衣装店、写真館、神社、それぞれの見積もりを確認し、当日の動線と役割を分担していく。

「車の手配は俺がやる。神社は午前中に済ませて、写真は午後からにしよう。颯太の負担、できるだけ減らしたいし」

「衣装はやっぱり、少し軽めの袴にしようか。本人が歩きやすいほうがいいと思う」

話しながら、美代子はようやく本来の目的に立ち返ったような気がした。

準備は、決して自己満足のためではなかった。ただ、あの子が無事にここまで育ったことを、一緒に喜びたかっただけだった。

「この日をちゃんと迎えられるだけで、もう十分、すごいことなんだよね」

そう言った美代子の目を、敦也が真っ直ぐに見た。

「……うん。俺もそう思う」

その声にはもう、迷いがなかった。

盛大に祝おう。

今、ふたりが揃ってそう言えることが、美代子には何より嬉しかった。