颯太の発熱に動揺する敦也

しかしその夜、美代子は颯太の額が熱を持っていることに気がついた。

体温計は37.9度。美代子は表情を変えず、冷蔵庫から経口補水液を取り出してコップに注ぐ。

「ちょっと熱があるね。遊びすぎたかな」

「えっ? さっきまであんなに元気だったのに……」

敦也は体温計を手に取り、数字を見て、一瞬言葉を失う。慌ててスマホを開き、検索を始めようとするも指先がぎこちない。

「着替えと保険証、あとブランケットも……」

美代子はすでにバッグの中身を確認している。

必要な持ち物を整え、夜間の小児外来に電話をかける。

その横で、「どうしたらいい?」と口にする敦也に対して、美代子の声は落ち着いていた。

「タクシーお願い。アプリで呼んで。わたしが颯太抱っこするから、支払いは任せるね」

「わかった……」

病院の待合室は薄暗く、人影もまばらだった。颯太は美代子の膝の上でうつらうつらしている。敦也は隣でずっと颯太の手を握っていたが、その顔には不安がにじんでいた。

診察を終え、処方箋と書類を受け取って会計を待っていたとき、敦也がふと低い声で呟く。

「……今まで俺、子育ての楽しいとこだけ味わってきたんだな」

その言葉に、美代子は何も返さなかった。ただ、膝の上で寝息を立てる颯太の額にそっと手を当て、その小さな体の熱を確かめた。