追い詰められる晴美
晴美はただ謝り、荷物を渡すしかなかった。配達端末を片手に車へ戻ると、自然とため息が漏れた。指先に僅かな震えを感じる。運転席に座ったまま、晴美は目を閉じて深呼吸を何度か繰り返した。
「今月もマズいな……」
ここ最近、配達目標件数には届かない日が続いていた。
父の介護で事務の仕事を辞めたのが8年前。看取った後も、希望した業種での再就職は叶わず、出来高制の配達の仕事に就いた。最初は短期のつもりだったが、気づけば1年が過ぎていた。誰も期待しない代わりに、誰も守ってはくれなかった。晴美は元受の会社に高田の担当変更を願い出たが、返ってきたのは事務的な言葉だった。
「代わりはいくらでもいますから」
つまり、自分が外されても困らない、ということだ。頭では理解していたが、改めて言われると堪えた。
窓の外では、配送車の側面に陽が斜めに射し、白く光っている。しばらくシートにもたれたまま、何も動かずにいた。やがて、ウインカーの音が響き、車は音もなく発進した。
●理不尽なクレーマー客・高田に苦しめられる配達員の晴美。担当変更を願い出ても「代わりはいくらでもいる」と突き放されてしまう。そんなある日、高田宅を訪れた晴美は、予期せぬ事態に遭遇する…… 後編【「もしも時間通りに来てたら」クレーマー客宅で起こった“まさかのトラブル”…配達の遅れと、とっさの決断が思わぬ展開へ】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
