社員食堂で遅めの昼食を食べ終え、オフィスへ戻る道すがら、理香子は深くため息をついた。埃っぽいざらざらした空気が肌にまとわりつくような気がする。
「おっ、小林! 遅い遅い! どこほっつき歩いてんねん」
理香子がオフィスに入るや、フロア全体に聞こえるほどの大声で話しかけてきたのは、秋の人事異動で関西からやってきた北課長だった。40代の理香子と同世代の男で、上司にあたる。
「休憩です。ちゃんと時間は守ってますよ」
「ああ、そう。もう若くないんやから、食べ過ぎたらすぐ豚になるで」
突っ込みどころしかない台詞を「すいません」と受け流し、不満を顔に出さないように心を殺す。もちろん北課長は鈍いので、理香子の素っ気なさも、周囲の目にも気づかない。
「あっ、そうだ小林。来週うちの部署で花見することになったから」
「花見……ですか?」
「そうそう、チームの親睦のためやで! どうせ暇なんやし、お前は強制参加な……って冗談。冗談やで! ま、ええから、予定は空けとくんやで」
オフィスを見渡すと、同僚たちと目が合った。彼らは理香子にだけ分かるように小さく肩をすくめてから、視線を逸らし、すぐに作業へと戻った。