誰も乗り気でない花見
大方、課長が思いつきで花見をしようと言い出し、誰も行きたくないなとは思ったものの、反対するわけにもいかず、結局開催されることになってしまった、というところだろう。
理香子は内心ため息をつきながら、予定表に小さく「花見」と書き込んだ。もちろん誰一人乗り気ではないことにも、北課長は気づかない。
「おーい、清水。昨日頼んでおいた資料どうや?」
「は、はいっ」
自分のデスクでふんぞり返っている北課長がとある男性社員、清水に声をかける。清水は慌てて立ち上がり、散らかったデスクから紙束を手に取って、北課長の元へと急ぐ。
「こ、こちらです」
北課長は受け取った資料をぱらぱらとめくり、深いため息をついた。
「ったく、清水~。お前はほんまに成長せえへんなぁ。こんな浅い資料で先方が感動するわけないやろ。ほんまあっさい。お前はほんまにあっさいわぁ」
「課長、すいません。どのあたりがだめか、もう少し具体的に……」
「は? 全部や、全部! “とろ水”、お前、俺に歯向かうつもりなん? 自分のアホを上司のせいにしたらあかんやろ。んな舐めた態度でやっていける思うてるん? なあ、東大生なんやろ、お前。なんとか言ってみ」
課長は威圧するように声を荒げた。清水は全身を強張らせ、立ったまま金縛りにあったように固まっている。
理香子を含め、オフィスにいる全員がまたか、と思った。見ての通り、2年目の若手社員である清水は、普段から課長に目をつけられていた。
東大大学院卒の清水に対し、北課長は地方の三流私大卒。そのあたりの学歴に対するひがみがあるのか、清水に対する課長の態度はかなり苛烈だ。
もっとも、清水自身も新入社員のときからあまり成長しているようにも思えないし、やる気があって熱心に取り組んでいるようにも見えない。
学歴ばかりで使えないヤツと、レッテルを貼り、槍玉にあげるにはもってこいだったのだろう。ちなみに「とろ水」というのは、そんな清水に課長がつけたあだ名だった。
理香子はため息をついた。オフィスの空気は淀んでいて、息が詰まりそうだった。