品のある所作のウエーターがワインを注いでいく。まだ波打っている深紅を一息に胃のなかへ流し込む。秋田丈秀は、立ち去ろうとしたウエーターを呼び止めておかわりを要求した。

3カ月前、丈秀は気まぐれに買った宝くじに当選した。その額は、なんと1等の2億円。今年で46歳になる丈秀が定年までの残りの時間、運送会社の配達員として稼ぐ金額をゆうに超え、生涯年収に匹敵する大金を手にしたことで丈秀の世界は180度変わった。

まず、夏は汗をかきながら、冬は寒さに凍えながら、来る日も来る日もハンドルを握るのがばからしくなって仕事を辞めた。そもそも配達員という職業は理不尽にさらされている。時間通りに正しく荷物を届けるのが当然で、わずかにでも遅れればクレームを入れられる。待っていた客に面と向かって詰められたり、小言を言われるようなことだって少なくはない。

だから辞めてやった。担当エリアには穴をあけることになり、センター長は頭をかいていたが、代わりはいくらでもいる仕事だ。それに、理不尽な客が予定通り届かない荷物に困るのならいい気味だとさえ思った。

しかしこれまで人生の時間の大半を使っていた仕事がなくなってみると、丈秀の毎日は思いのほか暇だった。だから丈秀はこれまでいろいろな理不尽に耐えてきた分、少しくらい羽目を外してもばちは当たらないだろうと考えた。表参道へ足を運び、カタカナばかりで読みづらい高級ブランドの服を端から買って身なりを整え、エンジンの調子が悪かった古いセダンを処分して、高級外車を買った。毎日のように銀座や麻布のクラブや高級レストランで飲み食いをした。