<前編のあらすじ>
幼稚園年長の優は、時刻表や路線図を眺めることが大好きな鉄道ファン。単身赴任中の夫が夏休みを取れず、母・里奈は優と2人で日帰りの電車旅に出かける。目的地を決めず、気になった駅で自由に途中下車する計画だった。
優は初めての1日乗車券を自分の青い財布にしまい、さまざまな車両や駅を楽しむ。珍しい電車について駅員に質問するなど、夢中で旅を満喫していた。里奈は疲れを感じながらも、息子の楽しそうな姿を見守る。
旅の終盤、駅を出ようとした優は、乗車券を入れた財布がないことに気づく。親子でホームやベンチを捜したものの見つからず、優は泣き出してしまう。落とした場所も分からない中、里奈は優の手を取り、有人改札へ向かった。
●前編【鉄道好きの息子が大興奮…楽しい1日を奈落へ突き落したリュックから消えた大切なもの】
駅員に託した最後の望み
有人改札で事情を話すと、窓口から出てきた駅員は優の目線まで身をかがめた。
「お財布は、どんな色だったかな」
「青……青で、前に電車の絵がついてる」
優はしゃくり上げながら答えた。里奈は横から、財布の大きさや中身を補足する。
「子ども用の1日乗車券と、小銭が少し入っています。最後に見たのは、たぶん電車の中です。でも、その前にも何度か出していて……」
「乗っていた電車の時刻は分かりますか」
里奈はスマートフォンの写真や時刻表を見返した。いくつもの駅で降り、そのたびに優が気になった次の電車を選んでいたため、すべてを正確には覚えていない。
「この駅に着いたのは10分くらい前です。ただ、落としたのがその車両かどうかは……」
駅員はうなずき、端末で届いている遺失物を調べ始めた。優は里奈の腕にしがみつき、その様子をじっと見つめている。しばらくして、駅員が申し訳なさそうに顔を上げた。
「残念ながら今のところ、該当する財布は届いていません。電車の中だとすると、終点や車庫での点検まで見つからない可能性もありますね」
「もう戻ってこないの?」
優の声が震えた。また両目から大粒の涙がこぼれ落ちそうになっている。
「まだ分からないよ。見つかったら、お母さんに連絡するからね」
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
里奈は連絡先を書き、落とし物の届けを出した。財布と一緒に優の1日乗車券もなくなっていたため、里奈は帰宅方法についても尋ね、案内されたとおりに券売機で優の帰宅分の切符を買った。
「ぼくのお財布、もう見つからない。切符もなくなった」
「まだ決まったわけじゃないでしょう。届けてくれる人がいるかもしれないよ」
「でも、ないもん!」
泣き声が窓口の前に響く。里奈も暑さと移動の疲れが重なり、なだめる気力が尽きかけていた。
