<前編のあらすじ>
広告代理店に入社して11年、主任として重要案件を任されてきた梨絵は、仕事中心の生活を続けていた。上司から、ノルマを達成しても次の高い目標を求められ、厳しく責められる日々が続き、業務量も増えていった。
やがて不眠や集中力の低下、ミスが増え、ある朝には会社へ行こうとしても起き上がれなくなる。同僚の勧めで心療内科を受診し、3カ月の休職が決まった。仕事を離れた梨絵は、自分に仕事以外の楽しみがほとんどないことに気づく。
気分転換を求めてヨガの体験レッスンを始めると、次第に周囲と比べず自分のペースで取り組めるようになった。体の使い方や呼吸にも興味を持ち、インストラクター資格を取れるスクールにも入学。学ぶこと自体を楽しむようになった。
●前編【「会社行かなきゃ…」ノルマ達成でも終わらない仕事地獄…11年走り続けた30代女性に起きた異変】
以前とは違う気持ちで職場へ
その朝、梨絵は3カ月ぶりに通勤電車へ乗った。
見慣れた駅名が車窓を流れていくたび緊張が高まったが、以前のような症状はなく、体調も落ち着いていた。
オフィスに入ると、同僚たちが温かく迎え入れてくれた。件の上司は、配置換えですでに別の課に異動している。
「菊池さん、おかえり。無理しないでね」
「ありがとう。少しずつ感覚を戻していくよ」
久しぶりに自席へ座り、パソコンを開く。
最初の数日はメールを確認するだけでも時間がかかったが、やがて資料作成や打ち合わせの勘も戻ってきた。自分が仕事をこなせているという事実にほっとした。一方で、以前なら気にも留めなかったことが妙に心に残るようになった。
「今月は目標を達成したね。おめでとう。じゃあ来月は、ここからもう一段上を狙おうか」
「はい。また企画書送っておきます」
「うん、菊池さんならできるよ」
新しい上司は、物腰やわらかで、積極的にポジティブな言葉をかけてくれる人だった。おかげで会社で嫌な思いをすることは格段に減った。だが、以前と変わらないこともある。それは、たとえ成果を出したとしても、それで終わりではないということだ。次から次へとノルマが待ち受け、その先にもまた数字がある。そんな働き方を11年も当然のように続けてきたのだと思うと、梨絵は不思議な気持ちになった。
