思いがけない2度目の電車旅
週末、2人は再び電車に乗った。
優の胸元には、あの日にもらったレプリカの車掌バッジが光っている。財布の件よりも、長い時間電車に乗れる喜びのほうが勝っているようで、里奈は少し呆れた。
「次の駅で、あの路線と並ぶんだよ」
「今日は乗り換えないからね」
「分かってる。見るだけ」
優は窓の外や車内放送に夢中になり、前回と同じようにすれ違う車両を数えていた。里奈にとっては紛失物を受け取りに行くための移動だが、優にとっては、すっかり2度目の電車旅らしい。終点の駅で手続きをすると、駅員が透明な袋に入った青い財布を持ってきた。
「こちらで間違いありませんか」
「ぼくのです!」
優は財布を受け取り、中を確かめた。小銭も、期限の切れた1日乗車券も、そのまま残っている。
「あった。切符もある!」
優は乗車券を両手で持ち、ほっとしたように笑った。もう使えない切符でも、本人にとってはあの日の旅を残す大切な記念だ。
「本当にありがとうございます」
里奈が頭を下げると、優も続いた。
「ありがとうございます」
帰りの電車では、優は財布をリュックの奥へ入れ、何度もファスナーが閉まっているか確かめていた。
「見つかってよかったね」
「うん」
しばらくすると、優は何事もなかったように口を開いた。
「次は、図鑑で見た青い電車乗りたい。それと途中の大きい駅でも降りてみたいな」
「機会があればね」
里奈は座席にもたれ、小さくため息をついた。優にとっては、やはり楽しい電車旅だったらしい。ほんの数日前、あれだけ泣いていたのが嘘のようだ。
「あ、お母さん、見て。あっちに貨物列車!」
優が身を乗り出して窓の外を指さす。
「見るのはいいけど、荷物は忘れないでね」
里奈が声をかけると、優は慌ててリュックを抱える。それでも車両から目を離さなかった。
大きなコンテナを積んだ長い列車が、ものすごい速度で遠ざかっていく。小さくなっていく車両をいつまでも目で追う優の横顔を見ながら、里奈は観念して微笑んだ。夏の日差しを受けた線路が、窓の向こうでどこまでも続いていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
