離婚して以来10年会っていない妻子

年の割りに老けて見えることがコンプレックスでもあった丈秀は、1着50万もするジャケットに袖を通すことで自分が大きくなったように思った。

もう何もかもがかつての惨めな自分とは違うのだと思えた。だがどれだけ腹が膨れても、減らない札束の山を眺めても、丈秀が満ち足りることはなかった。むしろ渇きすら感じていた。壊れた瓶にいくら水を注いでも満たされることがないように、あるいは甘ったるい飲み物を飲むと余計に喉が渇くように、丈秀は満足を得ることができなかった。

その日も麻布の高級フレンチでコース料理を食べ、現金で会計を済ませて店を出る。夜の暗さのなかでもいっそう黒く光る車に乗り、帰路に就く。首都高を走りながら、運送トラックを追い抜いていく。ハンドルを握る手に、思わず力が込められる。間もなく丈秀はベイブリッジに差し掛かった。昔はよく通ったものだと、ふいに懐かしい気分に駆られた。ベイブリッジを渡るとき、息子は決まって窓を開け、車内に吹き込んでくる潮の匂いがする風に楽しげな声を上げていた。妻は髪がぼさぼさになるじゃないと冗談めかして嫌がり、丈秀は息子を少しでも喜ばせたくて車のスピードを上げた。幸せだったころの懐かしい思い出だった。

だがいつしか妻とはケンカが絶えなくなり、言い争いの末に丈秀が手を上げたことが決定打になって出て行った。

あれから10年。離婚したきり会っていない息子はもう、今年で高校を卒業する年になる。あいつらは2人でうまくやっているのだろうか。金のことで苦労したりしていないだろうか。もしかしたら今の自分なら、2人を幸せにしてやれるのではないか。

丈秀は車を走らせる。開けた窓から流れ込む風は、丈秀の背中を押すように力強く吹いていた。