配達アプリの地図上にある、目的地のピンがじわじわと近づいてくるにつれて、晴美の胸は重くなっていった。道路は比較的空いていたのに、ひとつ前の家で受け取り確認に手間取ったせいで、また遅れている。画面には、「遅延注意」の文字が赤く点滅していた。

配達員・晴美の悩みの種

「また怒ってるんだろうな、高田さん……」

角を曲がってすぐ、黒い門柱が目に入る。高田宅は静かな住宅街の一角にあった。

玄関の前に車を停めると、まだドアを開けていないのに中から怒声が聞こえた。

「もう、何分遅れてると思ってるんだ!」

ドアが勢いよく開き、60代半ばの男性が現れた。

彼が高田信弘だ。一見きちんとした身なりだが、その眉間には深く皺が寄っている。晴美が駆け寄り、荷物を差し出そうとすると、彼の視線が時計に向かった。

「予定より7分も遅れてる。こっちにも都合があるんだぞ。どう責任を取るつもりだ? ええ?」

晴美は深く頭を下げ、「申し訳ありません」とだけ答えた。

過去数か月の経験から、何を言っても火に油を注ぐと分かっている。

高田は受け取り端末にサインをするが、その動きがあからさまに遅い。まるで「待たされる側の気持ちを知れ」と言わんばかりだ。一画一画、几帳面な文字が表示されていくのを、晴美はただ黙って待つしかなかった。

ふと視線を逸らすと、目に入るのは綺麗に整えられた高田の玄関。下駄箱の靴は色別に並べられ、傘立ての中の傘は柄の向きまで揃っている。唯一、可愛らしい鈴のついた杖だけが生活感を醸し出している。高田が使うとは思えないから、おそらく彼の妻か、母親のものだろう。床は拭かれたばかりのように光り、奥の壁に掛けられた丸時計が、規則正しく「コチ、コチ」と音を立てていた。