麻里子の新たな挑戦

リビングの隅には小さな作業スペースができていた。夫が休みの朝に組み立て、作業灯と延長コードを用意してくれたのだ。

これで食卓を占領しなくて済む。ライトを点けると、布の凹凸がはっきり見え、影の出方で縫い目の乱れが分かる。

「足りないものがあったら言って」

「十分だよ、ありがとう」

夫は照れくさそうにうなずき、翔とブロックを始めた。

麻里子はタワマンの掲示板と居住者グループに、告知文を載せた。

〈A棟手芸と衣装づくりの集まり〉

〈親子で簡単な小物から。材料費は実費。アイロンは保護者同伴でお願いします〉

〈人数は1回4組まで。初回は土曜の午後、参加希望者はこちらまで〉

実は件のハロウィンパーティーをきっかけに手芸教室を開くことになったのだ。

慧斗くんママから「上の集会室の空きも見ておくね」とメッセージが届き、元パタンナーのママは材料店の情報を共有してくれた。他のママたちも、子どもが楽しみにしているとメッセージを送ってくれた。翔はブロック遊びに飽きたのか、作業台の椅子に座り、足をぶらぶらさせながら言った。

「次はママのも作ろうね。ママの星は大きいの」

「大きいの?」

「うん。だって、先生になるんでしょ」

麻里子はくすりと笑い、机の端に落ちていた糸くずをつまんだ。指先で丸めて、そっとごみ箱に落とす。その瞬間、インターホンが鳴った。

「あっ、慧斗くんだ!」

翔は椅子から飛び降りて駆けだしていく。麻里子は深呼吸をひとつしてから、笑顔で玄関へと向かった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。