ボスママの醸す冷ややかな空気が一変

列の後ろから、保護者のシャッター音が続く。

「ねえこれ、翔くんママが作ったの?」

誰かの発言で視線が一斉に麻里子へ向いた。

「ええ、実はそうなの。ちょっと粗っぽいところもあるけど」

みくちゃんママが近づき、素直な声色で言う。

「今度、作り方教えてもらえない? 下の子がヒーローものに目がなくて」

彼女の一言を皮切りに口々に手作り衣装に感心するママたち。

そこへりおちゃんママの剣のある声が響いた。

「でもさあ、プロが作ったのと比べると、やっぱり見劣りするっていうか。結局は自己満足じゃない?」

「いやいや、翔くんママのは十分クオリティ高いよ。縫製もしっかりしてるし、既製品と比べても遜色ないと思う」

たしか妊娠前までパタンナーだったという隆太くんママの発言で、一瞬止まった空気が再び動き出す。

そこから一気に流れが変わったのを感じたのか、りおちゃんママは一拍置いてから、ぎこちなく笑った。

「まあ、子どもが喜ぶのが一番だよね」

間もなく共有アルバムの通知が続けざまに入った。画面の中では、翔がいろいろな仮装と同じ画角に収まっている。お金はかけられなかった。けれど翔の弾けるような笑顔が、この選択が正解だったと教えてくれた。

  ◇

「ただいま」

玄関を閉めると、家の匂いが戻ってくる。

テーブルの上には、型紙と試作ベルトと、ほどいた糸の小さな山がそのままだ。絆創膏を外して、ごみ箱に落とす。指先に糊のざらりとした感触が残る。

しばらくするとまた玄関が開き、夫が上着を脱ぎながら入ってきた。

「どうだった?」

麻里子はスマホを差し出した。

写真と短い動画を夫は無言で見て、テーブルの上に視線を移す。失敗線、糸くず、メモの矢印。椅子の背に掛けっぱなしのカーディガン。そして最後に麻里子の顔を見て言った。

「悪かったよ。投げやりなこと言って」

麻里子はにやりと笑った。

「許してほしい?」

「うん、許して」

「じゃあさ、ちょっと頼みたいことができたんだけど」