三世代をつなぐ味
「……もう大丈夫。ちょっと赤くなっただけだから」
義母はそう言って、手を軽く振ってみせたが、やけどした箇所はまだうっすらと赤みが残っている。
幸い、軽い火傷で済んだとはいえ、氷で冷やしながら台所に立ち続けようとする姿にめぐみは思わずタオルを差し出した。
「無理しないでください。こっちは、私と真希でやりますから」
「えー、ママとふたり? 楽しそう!」
真希がぱっと笑顔になって、野菜の入ったボウルを抱えた。その表情を見て、義母は目を細める。
「……ねえ、真希ちゃん」
義母がゆっくりと腰を下ろして、真希のほうを見つめた。その表情はいつになく柔らかく、どこか寂しさもにじんでいるようだった。
「この前は、ごめんなさい。ほんとはね、ゴーグル、買ってあげればよかったのよ。でもね、あのとき、あなたがあんまりはしゃいでて……私の言うこと、ぜんぜん聞かなくて」
真希は少し目を見開き、手を止めた。めぐみは黙ってその様子を見守る。
「おばあちゃん、ちょっとムッとしてたの。子どもみたいにね。だから、意地になって買ってあげなかった。今思えば、ほんとに馬鹿なことしたなって思ってるの」
義母の声は、かすかに震えていた。真希は一拍置いてから、ぽつりとつぶやいた。
「ううん。真希も、言うこと聞かなくてごめんなさい。もともとゴーグル忘れてきちゃったのも、真希だし」
「……ありがとう」
義母の口元が緩んだ。それは、泣き笑いのような表情だった。
「めぐみさん。あなたにも、言っておかないとね」
義母がゆっくりとめぐみのほうを向いた。その瞬間、少しだけ身構えてしまった自分を恥じる。
「この前は、ほんとにごめんなさい。あんなふうに電話口で言い合いになっちゃって。私も……真希ちゃんが心配で、つい言い過ぎた。あれこれ言っても仕方ないのに、負けたくなくて、屁理屈ばっかり並べちゃった」
めぐみは黙って、義母の顔を見た。その目に、後悔と申し訳なさがにじんでいる。
「お義母さん……こちらこそ、感情的になってすみませんでした。お互い、ちょっと言いすぎちゃいましたね」
「そうね。歳をとると、素直になるのが難しくてね」
思わず、ふたりで小さく笑った。それは久しぶりに心からほっとする瞬間だった。
「じゃあ、お料理、仕上げますよ。お義母さんはちゃんと座っててくださいね。真希、お願い」
「はーい!」
真希が元気よく返事をして、お玉を握った。火傷をした手を気にしながらも、義母はときおり立ち上がっては、こっそり鍋の中をのぞきに来る。めぐみはそのたびに笑って、「ダメですよ、座っててって言ったのに」と冗談めかしてたしなめた。
「はいはい。でも、気になるのよねぇ。味つけ、大丈夫かしら」
「大丈夫ですって。お義母さんの味は、ちゃんと覚えてますから」
3人で作ったおかずは、いつもより少し甘じょっぱい味がした。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。