息子が言ってしまったひと言
「父さん、自分が高卒だから反対してるんじゃないの……?」
その言葉に、空気が一瞬で凍りついた。俊也の顔に、怒りとも悔しさともつかない色が浮かぶ。
「ほらな。そうやって、大卒や大学に通いたいと言い出すやつは高卒を見下す。自分が一番ろくでもないやつだという現実を直視しないで、人のことを見下しやがるんだ」
俊也が握りこんだ手のなかで箸がぼきりと折れた。俊也はキレていた。このままでは和毅に手をあげるかもしれないと思った茜はとっさに俊也の肩に触れた。
「ちょっと、お父さん落ち着いて……」
「別に落ち着いてるよ」
俊也の声は低く、何にも揺るがされない強情さがあった。
「とにかくうちには、4年間もこいつを遊ばせる余裕なんてないんだ。大学なんて言ってないで、就活をしろ、就活を」
「遊ぶためじゃない!」
だがそんな父の頑なな態度に、和毅が声を張り上げた。
「ちゃんとやりたいことがあるって言ってんだ!」
茜は息を呑んだ。和毅がここまで感情を露わにするのを見たことがない。しかし、いざ父と子の間に立つと、何を言えばいいのか分からなかった。
「和毅……お父さんも……一旦冷静になろう? ね?」
茜の声は彼らには届かなかった。
和毅は椅子を蹴って立ち上がり、自室へ駆けこんでいった。ドアが閉まる音が重く響く。俊也は深く息を吐き、頭を抱えた。
「……ったく、勝手なことばっか言いやがって」
茜は、食卓に並ぶ冷めかけた料理を見つめた。和毅の皿には、手をつけられていない焼き魚が残っている。見つめているうちに、口の中に苦いものが広がった。
●茜は息子の言葉にも思うところがないわけではなかったが、何より気になったのは夫の俊也がかたくなに息子の大学進学に反対していることだった。朝、茜が真意を聞くと俊也は高卒ゆえに辛酸をなめさせられた過去について語るのだった。後編【「人を見下すような人間になってほしくない」息子の大学進学に反対する父が明かした“学歴”に苦しめられた過去】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。