母が始めたのは

「なにやってんの?」

背後から、いきなり蓮の声がした。

自室にこもっていたはずが、いつの間にかめぐみの肩越しにスマホをのぞき込んでいる。表示されているのは、「初心者限定10連ガチャ」なる画面。実は会社の夏季休暇に入ったタイミングで、蓮のやっているゲームアプリをダウンロードしてみたのだ。

「ああ、これ……暇だからちょっと試してみようと思って」

「え、これ今引いたの? ちょ、もったいない……」

「もったいない?」

「初心者ガチャは、イベント期間中のほうが当たりやすいんだってば。あと、先にログボでもらえる石はためといて……」

普段の蓮からは想像もつかないほどの熱量。どうやらスイッチが入ってしまったらしい。

「なに言ってるか、さっぱりよ」

めぐみが笑うと、蓮は少しむくれたように頬をふくらませた。

「お母さん、下手くそすぎ」

「初心者ですから。っていうか、これって運でしょ?」

「うーん、まあそうだけど……タイミングとか、演出スキップしない方が出やすい説もあるし」

「都市伝説じゃないの?」

そんなふうに話しているうちに、めぐみのガチャ結果が表示された。キャラのアイコンがキラキラと光って、蓮が目を見張る。

「……え、UR出たじゃん」

「え? これ、すごいの?」

「マジかよ……」

しばらく呆然とした蓮が、小さくため息をついた。

「お母さんって、ほんと運だけは良いよね」

「たぶん、日頃の行いが良いからじゃない?」

恨めしそうにこちらの画面を見ている蓮に向かって、めぐみはにやりと笑ってみせた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。