人気者がいなくなった理由

座敷席に通され、3人で腰を下ろす。とりあえずのビールと、申し訳程度のつまみでポテトを頼んだ。

「そういやさ、今日あいつ来てなかったな」

ふと思い出したように、山本がつぶやいたのは、1杯目の中ジョッキが空になるかというころだった。

「あいつ?」

「ほら、岡田」

「ああ。あいつだけ連絡つかねえんだよ」

何かとノリがいい上に世話好きで、こういう飲み会のときは必ずと言っていいほど幹事役をやっていた岡田が、今日は来ていなかった。

懐かしいな――と不在の岡田の思い出話に花を咲かせようと、山本が口を開きかけたとき、坂田が思いのほか低いトーンでぼそりと言った。

「お前ら知らないの?」

「知らないって何を?」

「岡田のこと。あいつ、競馬にハマって借金しまくって、北海道の実家帰ったんだよ」

「え、まじで?」

翔太は思わず大きな声をあげていた。

「キャッシングしまくって首が回らなくなって、消費者金融に手出して。俺、たまたまばったり会ったことあってさ、金の無心されたよ。とりあえず財布にあった2万渡してやったけど、どうにもなんなかったんだろうな」

坂田が口にした「キャッシング」という言葉に耳が痛かった。山本は「まじかー」と暢気に笑っていたが、翔太は上手く笑えている自信がなかった。

家に帰り着くころには、酔いはすっかり醒めていた。

本当なら今日かき集めた現金をATMに振り込まなければいけなかったが、コンビニによる気力さえなかった。

玄関で靴を脱ぎ、そのまま床に座り込む。財布のなかには役に立たないクレジットカードの束と、必死の思いでかき集めた現金が入っている。

虚しかった。

出世は大事だ。仕事の成果だって上げたい。でももはや何のために働いているのか、翔太にはよく分からなかった。

分不相応、ということなのだろう。ここままではダメだと思った。

翔太はクレジットカードの支払いで首が回らなくなったときにどうすればいいのか、ネットを使って調べた。案外同じような境遇の人がいることに勇気づけられながら、広告で見つけた任意整理を弁護士に依頼した。

弁護士は複数社にまたがっていた支払いを一本化してくれた。翔太は今まで自分がトータルいくらの借金を抱えていたのかすらまともに把握していなかった。

一本化された借金は、それでも400万近くあった。翔太の今の収入で考えれば、完済までは少なく見積もっても3年はかかるだろう。

それでも翔太の気分は晴れやかだった。これからは地道に。身の丈にあった方法で。自分の人生を歩んで行こうと思った。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。