<前編のあらすじ>
春美はマッチングアプリで出会った雅史と婚約関係になった。雅史の家族は一言で言えば「エリート一家」である。父は経営者、姉は海外で活躍する弁護士。兄は大手出版社勤めで、今は専業主婦である母も若かりし頃はファッションデザイナーとして活躍していた。
遂にはじめてのあいさつとなる日。春美を待ち構えていた、雅史の母・芙美子は早々に春美の体形をあざけるような言葉を投げかけるのだった。
前編:マッチングアプリで出会った“エリート一家育ち”婚約者の美魔女な姑が初挨拶で投げかけた強烈な一言
やるしかない
あの日、雅史の実家から帰ったあと、春美は自分の姿をまじまじと鏡で見た。自信のないウエストラインを隠すために選んだ腰回りの緩いワンピース。髪も、束ねただけの簡単なスタイルだった。華奢で洗練された芙美子の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
「……やるしかない」
春美は、小さくつぶやいた。
このままでは、雅史の家族に受け入れてもらえないかもしれない。結婚式の写真だって、一生残る。雅史と不釣り合いだと一生笑われてしまう。そんなみじめな未来を思うと、胸がきゅっと縮まった。
翌日から、春美はダイエットを始めた。とはいえ、無理なく続けられるようにと、1日のうちの1食――主に夕飯を大豆たんぱくやオーツ麦などをバー状に固めて作られた完全栄養食に置き換えるというもの。
「これ1本で1食分あたりに必要な栄養素が補える」という謳い文句に飛びついて、気がつけばまとめ買いしていた。1食あたり500円は2人分の自炊に比べれば割高かもしれないが、これから一生付き合っていくことになる芙美子との関係が少しでもよくなるならば安いものだった。
ダイエット初日の夕食。春美は用意していた栄養食を手に、リビングへ向かった。テーブルには、雅史が作ったスパゲッティの香りが広がっている。
「春美も食べるでしょ? クリームパスタ」
彼は優しい声でそう言ったけれど、春美は首を振った。
「ううん、今日から私、これだから」
栄養食のパッケージを見せると、雅史は一瞬、言葉を飲み込んだようだった。
「……そっか、頑張ってるんだね」
その笑顔は、少しだけ引きつって見えた。
もちろん春美は胸の奥に小さな違和感を覚えたが、うなずいただけで何も言わなかった。なぜなら春美は変わらなくてはいけないのだ。雅史と、彼の家族と、胸を張って隣に並べるように。